破産申立 初歩の初歩

破産の初歩の初歩

破産についてよく知らないまま、債務を抱えて苦しんでいる方(個人、会社)もおられるのではないかと思いますので、「初歩の初歩」を書いてみます。

弁護士に破産や債務整理などの相談に行く決断をするにあたっての参考になれば幸いです。

破産って?

法律上、「破産」とは、破産者(個人または会社)の財産をお金に換えて、債権者に公平に分配する手続のことを言います。各地の地方裁判所に申し立てます(石川県なら、金沢地方裁判所本庁か小松・七尾・輪島支部です)。

ここで、浮かんできやすい疑問は、次のようなものでしょう。

 私は、財産なんて全然持っていなくて、負債しかない。それなのに、「財産をお金に換えて分配」って何のためにやるの? どういうメリットがあるの?

特に、不動産を有していない個人がクレジットカード債務に追われているような場合ですね。

これに対しては、次のようにお答えできます。

 破産手続が終わった後に、裁判所から「免責許可決定」を受けることにより、債務を支払う責任がなくなります。財産をほとんど持っていない個人も含め、破産者にとっての破産申立てのメリットはここにあります。

なお、ふつうは、破産を裁判所に申し立てると、裁判所が破産者ごとに破産管財人を選任します。破産管財人は、破産者の財産をお金に換えるなどの役割をもっています。しかし、換金する財産がほとんどないような個人の場合には、破産管財人を選任せずに裁判所の書類チェックだけで破産手続が終わることがあります(これを「同時廃止」といいます)。

会社の破産の場合には、破産管財人の選任が必須です。また、財産のない個人でも、事業をしていた人が破産する場合には、原則として破産管財人を選任しなければならない扱いになっています(少なくとも、金沢地裁はそのような扱いです)。管財人を選任しなければならない場合、破産者において裁判所への「予納金」として数十万円~百万円超を納めなければならないことになります。

お金をたくさん借りて、好き放題に使いまくって破産?

こういう説明をすると、あくどい(短絡的な)人は、次のように考えたりします。

 俺は財産も持っていないし、「同時廃止」で破産を受け付けてもらえる可能性が高い。お金をとにかくたくさん借りて、好き放題に使いまくって、なくなったときに破産すればいいんじゃないか。あるいは、破産の相談に行く前にクレジットカードで高額商品を買いこんでおいてどこかに隠しておいて、それで破産すればいいんじゃないか。

しかし、こういう考えは通用しません。

各債権者との取引履歴や、過去の預貯金通帳も裁判所へ提出する必要があります。そこで、不自然なお金の動きがあると、裁判所のほうで同時廃止で受け付けてもらえずに管財案件とされたり、「免責許可決定」が下りずに債務支払いの責任が残ったりすることがあります。

また、財産を隠すようなことがあると、「免責許可決定」は下りなくなるおそれが大きいといえます。免責されなければ、たまった債務を自分で払っていくしかなくなります。

ひどいやり方で借金を積み重ねても、弁護士に破産申立を任せれば、なんとかなる・・・という考え方は間違っています。そのような考え方で動いてしまうと、後でつらい目に遭うでしょうから、甘い考えを持たないほうがよいでしょう。

会社・事業者の破産は、事業停止前に考えたほうがよい

会社や個人事業者の破産については、先ほど申し上げた予納金(そのほとんどが破産管財人を選任するための費用に使われる)の準備が大変になります。特に、債権者数・負債額・従業員・店舗が多い会社については、破産管財人の仕事も膨大になるので、裁判所に納める費用だけで100万円超を求められることもあります。

会社の場合、代表者が債務を保証していることも多いので、代表者も同時に破産申し立てすることも多く、その分の予納金も必要になります。

それに加えて、破産申立をお願いする弁護士にも費用を支払う必要がありますので、かなり現金が必要になってくるといえます。

動いている会社の場合には事業停止の直前にでもこうした費用を比較的捻出しやすいです。しかし、事業停止してしまうと、会社や代表者の取引先金融機関の口座は実質的に使えなくなることが多いですし、残っている売掛金の回収を費用に充てようとしてもなかなかうまくいきません。

定期的な入金や残存しているお金以外のところからお金を集めて破産手続開始申立てをするのは、本当に大変な思いをします。よって、会社・事業者が法的に現在の事業を整理することを検討している場合には、破産などの費用を想定しておくとともに、緊急事態になる前に弁護士に相談しておくほうがよいでしょう。

選挙おくちいっぱいメモ~動員篇~

10月5日に投票が行われる金沢市長選に向けてお伝えする「選挙おくちいっぱいメモ」。

今回は、特別篇として、「動員」について取り上げます。

 

勤務先などで、選挙のために人員を集めて何かをさせることを動員と言います。

動員の目的は、大きく分けて、選挙運動のためか投票そのもののためです。

 

選挙運動に関しては、どうしても実働部隊が必要だというところがあるようです。たとえば、選挙の公示日の朝、掲示板に一斉にポスターが貼られている様子を目にしますが、公示日翌日になっても貼られていない(貼り漏らしがある)候補者もいます。これをきっちりやるには、人手が必要です。

そうした作業をどうやってするのかについては、それぞれ違いはあるでしょう。

 

投票に関しては、投票日における投票を強く促されるほか、期日前投票の制度ができてからは期日前での投票を強く推奨される形で「動員」がかかるようです。

この投票の催促・推奨は、組織が特定の候補者を推薦・支持・支援しているようなときに、特定候補者への集票を企図して行われることが多いようです。

これ自体は、公職選挙法上、違法ということにはなりません。

ただ、バスに集団を乗せて投票所近くまで運んでいく、というところまでやると、やり過ぎと感じます(やり方によっては、刑罰法規に触れることもあるでしょう)。

なお、投票所に赴き、そこで、誰の名前(または政党名)を書くかは自由です。候補者や政党の主張や信用性によって判断すればいいということになります。また、動員にあたって政策の良し悪しについての説明さえ十分になく、一方的になされた動員の効果を薄めたいというなら、むしろ別の人や政党の名を記入するというのも有力な手段でしょう。

しかし、本来は、誰かに従うとか反発するという感覚で投票先を決めるのではなく、投票行動は各人で考え、それをもとに議論した結果の反映であるべきです。

 

以上、「選挙おくちいっぱいメモ」は「動員」についてお伝えしました。

年金担保貸付に要注意

年金担保貸付の落とし穴

独立行政法人福祉医療機構の「年金担保貸付」という制度がある。

この制度は、年金受給権を担保として融資を受けられる制度であるが、厚生年金保険法と国民年金法で年金受給権を担保とした貸付が禁じられている中で、国が特別に設けた制度である。

福祉医療機構という善良そうな組織名と、国が特別に作った制度だということで、何やら表面的には安心感が漂う…。しかし、実は、高齢債務者の債務整理にあたり、債務者がこの制度を利用していた場合、生活債権の足かせになりかねないものである。

破産後も年金から差し引かれ続ける

どういうことかというと、まず第一に、この制度によって年金受給権を担保に供していた場合、破産しても、福祉医療機構が相変わらず年金支給機関から年金を受け取り、契約で定められた分年金をきっちり差し引いてしまう、受給者が受け取れるのは差し引かれた後の年金だということである。よって、現実的に働くことのできない高齢債務者は、破産後、年金が差し引かれているうちは自主的な生活再建が困難である。

高齢の年金受給者で、やむをえず破産に至る可能性の高いのは、企業経営絡みで連帯保証人になっている者ではないかと思われるが、そうした者がこの「年金担保貸付」を利用している場合、取り扱いに注意すべきだ。

代理店金融機関が得るおこぼれ

第二に、私が破産手続ではなく任意整理において、職務上経験したケース。

この「年金担保貸付」は「独立行政法人福祉医療機構代理店」と表示されている金融機関を通じて申し込むのだが、福祉医療機構が年金支給機関から年金を受け取り、福祉医療機構の分を差し引き、その後は、代理店の金融機関の口座に入金することになっている。そこで、高齢債務者が債務不履行状態になっていて、代理店金融機関に対する債務のある場合には、代理店金融機関は債務者名義の口座を凍結し預金と債務を相殺しようとする。

そこで、である。この場合、福祉医療機構の分を差し引いても、年金は半分程度残っていたりするのだが、代理店の金融機関は、それが入金されるのを待ち構えていて相殺しようとするのである。

これについては、そうやって入ってくるお金は明らかに年金であるから、「差押禁止債権を原資とする預金債権の差押え」の問題となるのではないかと考えられる。

この点、私のケースで、石川県の某金融機関は、最高裁平成10年2月10日判決を盾にとって、預金として入金後は識別不可能だから差押え可能だと説明し、差押えを実行した。このケースでは諸事情あり、裁判所で争うことはなかったが、私は、このケースは、上記最高裁判決後に出された東京地裁平成15年5月28日判決のように、実質的には識別・特定可能であり(だって、凍結しているところにまんまと入ってくるお金だし・・・)、差押禁止にあたり相殺できないのではないかと思う。

しかし、このケースそのものについての判決例は見当たらなかった。そのため、こうやって争いになること自体が嫌忌すべきリスクではあろう。

なお、この場合でも、任意整理ではなく破産手続を選択すれば、代理店金融機関が優先的に弁済を受けることはできないことになるだろう。

年金担保は縮小、廃止へ

この年金担保という制度、年金の前借りというような異様な制度であり、それなのに実質的に審査しているのが窓口金融機関ということで、福祉的な観点が薄れ、望ましくない様相を呈していた。

また、この制度と生活保護を併用するような人たち(年金を前借りしておいて、後の期間で生活費が不足したら生活保護を受けるというような形か・・・)も出現するに至って、廃止論が高まり、民主党政権下の事業仕分けで廃止評決が出された。

それを受けて、厚生労働省は、制度の廃止に向けて現在も動いている(融資限度額を下げるなどしている)が、なかなかすっぱりとは廃止できないようである。

金沢市長辞任の謎

これは、このブログにふさわしい記事なのか分からないが、最近の私の情報発信の場所がここなので、とりあえずここで…。

山野之義金沢市長辞任

山野之義金沢市長が名古屋競輪の場外車券売場の誘致に関し、金沢市松村のゼノンビルの管理業者「太晃産業」の太田代表取締役の求めに応じ、誘致に同意する文書に署名押印したという問題は、以前から知られていた(北國新聞記事2013/03/27)。

それでもなお、山野市長は、2014年12月に予定されていた市長選に再選出馬するつもりだった。

しかし、自民党の推薦選考の終盤、馳浩衆院議員(石川1区)が保有していた「資料」により、山野市長が上記の業者に対し、場外車券売場が誘致できない場合に誘致対象地にリサイクル施設を作る等の提案をしたなどという指摘が行われた。

それにより、市議会自民など主要会派が百条委員会(地方自治法100条に基づいて地方議会が自治体の事務の調査をするために設ける特別委員会)の設置を示唆し、山野市長に再選出馬断念どころか、実質的に辞任を迫る形になった。

山野市長は、百条委員会の設置を強く嫌気し、辞任した。とってもあっさりした結末だった。

追い落とし

素直に見れば、市長選の再選を阻止する材料を持っていた森-馳浩-下沢ラインが仕掛けた動きであり、追い落としを試みたものである。石川県では、この系統が自民の主流だと見てよいと思われる。

山野前市長が自民の主流から追い落とされたのは、前回の2010年の市長選の経緯による。多選の山出保市長への対抗馬を自民(森系)が模索していたのだが、下沢県議などが勝てるとは限らずへっぴり腰になっていたところへ、猪突猛進、山野市議・安居市議などが手を挙げ、山出氏の対抗馬が山野氏に一本化された上で、自民は山出氏と山野氏を両者推薦ということになった。そして、結局、多選批判などで山野氏が当選したのだが、もともと森系のお抱え候補ではないのと、市政運営批判から、隙あらば引きずり下ろしたいという状況にはあったわけである。

それで、市長選に向けてベストのタイミングで、スキャンダルが破裂させられて、立候補不可能または立候補しても落選する・・・というふうになったということだ。

ただ、そもそも場外車券売場というようなものの誘致のために、わけのわからない書面に署名押印して、おかしな業者に動かれるということ自体、適格性を疑われることだし、揚げ足を取られるべくして取られたというところもあるのだろう。

弁護士の動きの謎

この騒動の中で面白かったのは、山野氏の主張として、「金沢市役所の顧問弁護士として月10万円で雇ってほしい。そうすれば業者を抑える。」と山野氏に言った弁護士がいて、その弁護士は太晃産業の代理人だということなのだった(読売新聞記事2014/08/14、北陸中日新聞2014/08/13、あくまで山野氏の主張)。

そして、山野氏の行為が公選法違反(利害誘導)などにあたると主張したのは、その弁護士なのだった。

顧問弁護士としての売り込みの真偽はともかく、山野氏は太晃産業と組んで何かしようとした又は太晃産業系統からの圧力に屈したせいでこうなっているわけで、山野氏の行為が刑事罰対象であるとあえて指摘するということはちょっと異様なこと(自分の依頼者側も共犯者なのではないか?)で、何を意図しているのかと訝りたくなる。

地元メディアの「奥歯に物が挟まった」感

地元石川県のメディア、新聞報道など読み尽くしたわけではないけれど、特に北國新聞なんかはいろいろと情報は集まっていそうなのに「奥歯に物が挟まった感」がある。特に山野氏の辞任の後は「疑惑に幕引きが図られ、詳細は明らかにならず」という、上っ面の報道である(新聞がまとまって分析したのは、市長辞任にあたってひととおり特集を組んだそのコーナーの中くらいだと思う…。地元対象で突っ込んだ報道をする雑誌メディアなどそもそもないし)。

公のことについては、もうちょっと突っ込んで報道してほしい。「推測」「憶測」「うがった見方」を提示するところまでしなくても、関係者の話を照らし合わせるなどして、判明した事実は報じて、考える材料を与えてほしいと思う。

司法取引を導入しても大丈夫なのだろうか…

司法取引の導入に進む日本

取り調べ可視化、裁判員裁判などで導入へ 司法取引も 法制審特別部会が改革案了承

2014.7.9 19:51

 捜査と公判の改革を議論する法制審議会(法務相の諮問機関)の特別部会が9日開かれ、法制化のたたき台となる法務省が示した最終案が満場一致で了承された。検察と警察の捜査の一部で取り調べ全過程の録音・録画(可視化)を義務付けるほか、通信傍受の対象犯罪拡大や司法取引の導入が決まった。法制審は今後、了承した最終案を法相に答申する。法務省は来年の通常国会に刑事訴訟法などの改正案を提出したい考えだ。

了承された最終案では可視化導入が決まったほか、通信傍受では捜査で電話やメールを傍受できる対象犯罪に、組織性が疑われる殺人や放火、強盗、詐欺、窃盗など9類型の罪を追加。NTTなど通信事業者の立ち会いも不要になる。

司法取引は容疑者や被告が、共犯者など他人の犯罪を解明するために供述したり証拠を提出したりすれば、検察官は起訴の見送りや取り消しなどの合意ができる。検察官、弁護士、容疑者・被告人の3者間で行うと規定された。殺人などの重大事件は対象外で、経済事件や薬物事件などに限定された。(産経)

最近報じられているように,法務大臣の諮問機関である法制審議会で取りまとめ案が満場一致で承認され,来年の通常国会に提出される刑事手続法関連の法案の概要が固まり,司法取引が日本にも導入される可能性が高まった。

審議会のページにあるpdfを読むと,「捜査・公判協力型協議・合意制度」と名付けているようだ。ソフトに言い換えているようで,逆にまがまがしさを感じる表現だが…。

要綱(骨子)の概要は,次のとおりだという。

〔合意・協議の手続〕
○ 検察官は,必要と認めるときは,被疑者・被告人との間で,被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をする旨及びその行為が行われる場合には検察官が被疑事件・被告事件について不起訴処分,特定の求刑その他の行為をする旨を合意することができるものとする。合意をするには 弁護人の同意がなければならないものとする(要綱一1)。
○ この制度の対象犯罪は,一定の財政経済関係犯罪及び薬物銃器犯罪とする(要綱一2)。
○ 合意をするため必要な協議は,原則として,検察官と被疑者・被告人及び弁護人との間で行うものとする(要綱一5)。
○ 検察官は,送致事件等の被疑者との間で協議をしようとするときは,事前に司法警察員と協議しなければならないものとする。検察官は,他人の犯罪事実についての捜査のため必要と認めるときは,協議における必要な行為を司法警察員にさせることができるものとする(要綱一7・8)。
〔合意に係る公判手続の特則〕
○ 被告事件についての合意があるとき又は合意に基づいて得られた証拠が他人の刑事事件の証拠となるときは,検察官は,合意に関する書面の取調べを請求しなければならないものとし,その後に合意の当事者が合意から離脱したときは,離脱書面についても同様とする(要綱二)。
〔合意違反の場合の取扱い〕
○ 合意の当事者は,相手方当事者が合意に違反したときその他一定の場合には,合意から離脱することができるものとする(要綱三1)。
○ 検察官が合意に違反して公訴権を行使したときは,裁判所は,判決で当該公訴を棄却しなければならないものとする。検察官が合意に違反したときは,協議において被疑者・被告人がした他人の犯罪事実を明らかにするための供述及び合意に基づいて得られた証拠は,原則として,これらを証拠とすることができないものとする(要綱三2・3)。
〔合意が成立しなかった場合における証拠の使用制限〕
○ 合意が成立しなかったときは,被疑者・被告人が協議においてした他人の犯罪事実を明らかにするための供述は,原則として,これを証拠とすることができないものとする(要綱四)。
〔合意の当事者である被疑者・被告人による虚偽供述等の処罰〕
○ 合意をした者が,その合意に係る他人の犯罪事実に関し合意に係る行為をすべき場合において,捜査機関に対し,虚偽の供述をし又は偽造・変造の証拠を提出したときは,5年以下の懲役に処するものとする(要綱五)。

そして,要綱(骨子)そのものは次のとおり。要するに,この下に貼り付ける文章の要約が上の文章ということ。

一 合意及び協議の手続
1 検察官は,特定犯罪に係る事件の被疑者又は被告人が,他人の犯罪事実(特定犯罪に係るものに限る )についての知識を有すると認められる場合において,当該他人の犯罪事実を明らかにするために被疑者又は被告人が行うことができる行為の内容,被疑者又は被告人による犯罪及び当該他人による犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮して,必要と認めるときは,被疑者又は被告人との間で,被疑者又は被告人が㈠に掲げる行為の全部又は一部を行う旨及び当該行為が行われる場合には検察官が被疑事件又は被告事件について㈡に掲げる行為の全部又は一部を行う旨の合意をすることができるものとする。合意をするには,弁護人の同意がなければならないものとする。
㈠ 被疑者又は被告人による次に掲げる行為
イ 刑事訴訟法第198条第1項又は第223条第1項の規定による検察官,検察事務官又は司法警察職員の取調べに際して当該他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述をすること。
ロ 当該他人の刑事事件の証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること。
ハ 当該他人の犯罪事実を明らかにするため,検察官,検察事務官又は司法警察職員に対して証拠物を提出すること。
㈡ 検察官による次に掲げる行為
イ 公訴を提起しないこと。
ロ 特定の訴因及び罰条により公訴を提起し又はこれを維持すること。
ハ 公訴を取り消すこと。
ニ 特定の訴因若しくは罰条の追加若しくは撤回又は特定の訴因若しくは罰条への変更を請求すること。
ホ 即決裁判手続の申立てをすること。
ヘ 略式命令の請求をすること。
ト 刑事訴訟法第293条第1項の規定による意見の陳述において,被告人に特定の刑を科すべき旨の意見を陳述すること。
2 1に規定する「特定犯罪」とは,次に掲げる罪(死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪を除く。)をいうものとする。
㈠ 刑法第2編第5章(公務の執行を妨害する罪 (第95条を除く。),第17章(文書偽造の罪),第18章(有価証券偽造の罪),第18章の2(支払用カード電磁的記録に関する罪),第25章(汚職の罪)(第193条から第196条までを除く。),第37章(詐欺及び恐喝の罪)若しくは第38章(横領の罪)に規定する罪又は組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律第3条(同条第1項第1号から第4号まで,第13号及び第14号に係る部分に限る。),第4条(同項第13号及び第14号に係る部分に限る。),第10条(犯罪収益等隠匿)若しくは第11条(犯罪収益等収受)に規定する罪
㈡ ㈠に掲げるもののほか,租税に関する法律,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律,金融商品取引法に規定する罪その他の財政経済関係犯罪として政令で定めるもの
㈢ 次に掲げる法律に規定する罪
イ 爆発物取締罰則
ロ 大麻取締法
ハ 覚せい剤取締法
ニ 麻薬及び向精神薬取締法
ホ 武器等製造法
ヘ あへん法
ト 銃砲刀剣類所持等取締法
チ 国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律
㈣ 刑法第2編第7章(犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪)に規定する罪又は組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律第7条(組織的な犯罪に係る犯人蔵匿等)に規定する罪(㈠から㈢までに掲げる罪を本犯の罪とするものに限る。)
3 1の合意には,被疑者若しくは被告人又は検察官において1㈠若しくは㈡に掲げる行為に付随し,又はその目的を達するため必要な行為を行う旨を含めることができるものとする。
4 1の合意は,検察官,被疑者又は被告人及び弁護人が連署した書面により,その内容を明らかにして行うものとする。
5 1の合意をするため必要な協議は,検察官と被疑者又は被告人及び弁護人との間で行うものとする。ただし,被疑者又は被告人及び弁護人に異議がないときは,協議の一部を被疑者若しくは被告人又は弁護人のいずれか一方のみとの間で行うことができるものとする。
6 5の協議において,検察官は,被疑者又は被告人に対し,他人の犯罪事実を明らかにするための供述を求めることができるものとする。この場合においては,刑事訴訟法第198条第2項の規定を準用するものとする。
7 検察官は,刑事訴訟法第242条(同法第245条において準用する場合を含む 。)の規定により司法警察員が送付した事件,同法第246条の規定により司法警察員が送致した事件又は司法警察員が現に捜査していると認める事件の被疑者との間で5の協議をしようとするときは,あらかじめ,司法警察員と協議しなければならないものとする。
8 検察官は,1の合意をすることにより明らかにすべき他人の犯罪事実について司法警察員が現に捜査していることその他の事情を考慮して,当該他人の犯罪事実についての捜査のため必要と認めるときは,6により供述を求めることその他の5の協議における必要な行為を司法警察員にさせることができるものとする。この場合において,司法警察員は,検察官の個別の授権の範囲内において,1による合意の内容とする1㈡に掲げる行為に係る検察官の提案を,被疑者又は被告人及び弁護人に提示することができるものとする。
二 合意に係る公判手続の特則
1 被告人との間の合意に関する書面等の取調べ請求の義務
㈠ 検察官は,被告事件について,公訴の提起前に被告人との間でした一1の合意があるとき又は公訴の提起後に被告人との間で一1の合意が成立したときは,遅滞なく,一4の書面の取調べを請求しなければならないものとする。
㈡ ㈠により一4の書面の取調べを請求した後に,当事者が三1㈡によりその合意から離脱する旨の告知をしたときは,検察官は,遅滞なく,三1㈡の書面の取調べを請求しなければならないものとする。
2 被告人以外の者との間の合意に関する書面等の取調べ請求の義務
㈠ 検察官,被告人若しくは弁護人が取調べを請求し又は裁判所が職権で取り調べた被告人以外の者の供述録取書等が,その者が一1の合意に基づいて作成し又はその者との間の一1の合意に基づいてなされた供述を録取し若しくは記録したものであるときは,検察官は,遅滞なく,一4の書面の取調べを請求しなければならないものとする。この場合において,その合意の当事者が三1㈡によりその合意から離脱する旨の告知をしているときは,検察官は,併せて,三1㈡の書面の取調べを請求しなければならないものとする。
㈡ ㈠前段の場合において,当該供述録取書等の取調べの請求後又は裁判所の職権による当該供述録取書等の取調べの後に,一1の合意の当事者が三1㈡によりその合意から離脱する旨の告知をしたときは 検察官は,遅滞なく,三1㈡の書面の取調べを請求しなければならないものとする。
㈢ 検察官,被告人若しくは弁護人が証人として尋問を請求した者又は裁判所が職権で証人として尋問する者との間でその証人尋問についてした一1の合意があるときは,検察官は,遅滞なく,一4の書面の取調べを請求しなければならないものとする。
㈣ ㈢により一4の書面の取調べを請求した後に,一1の合意の当事者が三1㈡によりその合意から離脱する旨の告知をしたときは,検察官は,遅滞なく,三1㈡の書面の取調べを請求しなければならないものとする。
三 合意違反の場合の取扱い
1 合意からの離脱
㈠ 一1の合意の相手方当事者がその合意に違反したときその他一定の場合には,一1の合意の当事者は,その合意から離脱することができるものとする。
㈡ ㈠の離脱は,その理由を記載した書面により,相手方に対し,その合意から離脱する旨を告知して行うものとする。
2 検察官が合意に違反した場合における公訴の棄却等
㈠ 検察官が一1㈡イからヘまでに係る合意(一1㈡ロについては特定の訴因及び罰条により公訴を提起する旨の合意に限る。)に違反して,公訴を提起し,異なる訴因及び罰条により公訴を提起し,公訴を取り消さず訴因若しくは罰条の追加,撤回若しくは変更を請求することなく公訴を維持し,又は即決裁判手続の申立て若しくは略式命令の請求を同時にすることなく公訴を提起したときは,判決で当該公訴を棄却しなければならないものとする。
㈡ 検察官が一1㈡ロに係る合意(特定の訴因及び罰条により公訴を維持する旨の合意に限る。)に違反して訴因又は罰条の追加又は変更を請求したときは,裁判所は,刑事訴訟法第312条第1項の規定にかかわらずその請求を却下しなければならないものとする。
3 検察官が合意に違反した場合における証拠の使用制限
㈠ 検察官が一1の合意に違反したときは,被告人が一5の協議においてした他人の犯罪事実を明らかにするための供述及びその合意に基づいて得られた証拠は,これらを証拠とすることができないものとする。
㈡ ㈠は,当該証拠を当該被告人又は当該被告人以外の者の刑事事件の証拠とすることについて,その事件の被告人に異議がない場合には,適用しないものとする。
四 合意が成立しなかった場合における証拠の使用制限
一1の合意が成立しなかったときは,被疑者又は被告人が一5の協議においてした他人の犯罪事実を明らかにするための供述は,これを証拠とすることができないものとする。ただし,被疑者又は被告人が一5の協議においてした行為が刑法第103条,第104条若しくは第172条の罪又は組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律第7条第1項(第2号に係る部分に限る。)の罪に当たる場合において,それらの罪に係る事件において用いるときは,この限りでないものとする。
五 合意の当事者である被疑者又は被告人による虚偽供述等の処罰
1 一1㈠イ又はハに係る合意をした者が,その合意に係る他人の犯罪事実に関し当該合意に係る行為をすべき場合において,検察官,検察事務官又は司法警察職員に対し,虚偽の供述をし又は偽造若しくは変造の証拠を提出したときは,5年以下の懲役に処するものとする。
2 1の罪を犯した者が,その行為をした他人の刑事事件の裁判が確定する前であって,かつ,その合意に係る自己の刑事事件の裁判が確定する前に自白したときは,その刑を減軽し又は免除することができるものとする。

経済事犯等に限られると言うが,詐欺などメジャーな罪名も入っていて,刑事事件のうちの相当部分でこの制度が使えることになる。

これをザッと見て感じるのは,この制度を利用して,捜査側のストーリーに沿った供述(証言)固めがしやすくなるということと,起訴されたくない気持ちから捜査側が見立てたストーリーに乗っかって真実でない供述(証言)をしてしまうケースが多発するだろうということ,そして,弁護人の立場としても,担当している被疑者が捜査側のストーリーに乗っかって他の被疑者の犯罪事実の立証の手助けをしようとした場合,どのように対応すればいいのか非常に困難な課題を抱えるということだ。

弁護人の責任も増す制度であるといえるが,弁護士の間ではあまり話題になっていない。可視化のアピールはよく耳にするが,司法取引への賛否とか,司法取引が導入されたらどう対応するかということは,そこそこ刑事弁護に取り組んでいる弁護士の間でも普段あまり議論されているわけではない(もちろん,議論しているところもあるのだろうが)。

こういう制度を導入していいのか,誰がどこで議論して,法改正の手前まで来てしまったのだろうか。弁護士会としては,可視化実現のためには,譲らなければならない制度だったのだろうか。ちょっと,いや,かなり不安を感じる。

東京都議会「セクハラヤジ」問題

東京都議会のセクハラヤジ問題では、鈴木章浩議員(大田区選出、当選3回、自民党)が塩村文夏議員(世田谷区選出、当選1回、みんなの党)に「早く結婚した方がいい」と言ったということが特定されて、鈴木議員が自民党会派を離脱した。

今は、マスコミ各社(NHKを含めて)が、他に誰が何を言ったのか、ということを競って伝えている状況だが、そろそろマスコミ報道はもう惰性だけの下らない流れになってきているように感じる。声紋分析の鈴木松美さん親子がまた出てきた。マスコミ御用達なんだなぁ。この流れでよくあるのが、今度は週刊誌が塩村議員側のスキャンダルを書き立てるというような流れだが、本当にそうなったら、「いやぁ、マスコミらしいですね」という感じだ。塩村議員もマスコミ出身で、マスコミの使い方がうまいように思えるから、流れが逆流することも当然予測しているのだろうが。

そして、こうやってマスコミが過熱しておかしなところで盛り上がったときにはマスコミ批判が出てくるが、批判がたいして反映されている様子もなく、同じような流れが繰り返される。

結局、マスコミが取り扱った本題に関して、社会がよりよい方向に向かったということもあまりないし、報道の仕方や盛り上がり方での反省が次につなげられることもあまりない。よっぽどひどいことをしたらしばらくは検証の会みたいなものが作られるけど。

今回の件で言えば、議員を名指ししてつるし上げるという、ときどき行われることがまたされているのだなと思う(かつてすごかったのは古賀潤一郎の件)。

もちろん、今回の件で、鈴木議員や自民党を批判するなというのではない。子育て関係の質問を真摯に行っている議員に対して、「早く結婚した方がいい」とか「産めないのか」とか大声で言うことは、鋭い指摘というより単なる中傷と妨害と憂さ晴らしであり、公のお金をもらって公のための議論をしなければならない場所でそういうことをしている人たちにはあきれるし、そういう行動をとる人たちを抱えながらまともな対処ができないグループもどうかと思う。そういうグループは、あえて言わずそのままにしておくのが当然という空気になっている。

発言議員の特定も、するなというのではない。できるならすればよい。でも、マスコミが鈴木松美さん親子を登場させて、どうのこうの言わせるようなことは、社会的な意義が乏しいなと思う。それで特定できなければ幕引き、とか書いてるのもおかしな話で、真の問題の所在を見つけて、議論を続けていけばいいのではないか。自分たちが面白くなくなったら「幕引き」にして報道は終わりですか。

私は、この件を次に行かすのであれば、塩村対鈴木(ほか自民党)という扱いにして、今回の件で何とかつるしあげをしようというのではなくて、議会のルールをもっとよくするとか、同様のことが起きたときに事実関係を把握しやすいようにするとか、自民党議員の本音を探って政権政党が本音とは違う政策を推進してストレスを溜め込むことになっている状況を検証するとか、そんなことだと思う。特に、国会でも地方議会でも行政施策に近い立場にある人たちがヤジでは本音を言えるけれども議論は本心ではないなんて状況があるとしたら社会的な病理か何かだと思う。

ヤジの中身としても、「結婚していないやつが物を言うな」とか「産んでから物を言え」ということなのだが(まぁこういう話は実際よく言われてる)、女性に対するセクハラという捉え方の是非はともかく(私は、幅広く「セクハラ」と捉えることで物が言えなくなるというデメリットもあると思う)、「話者が○○○でないと語る資格がない」というのは、政策に正当性があるかもしれないけど提案したのが誰々だから内容もまともに聞かない論じないということにつながるので、公の話し合いの場所での発言として本当によくないと思う。都民の代表として議論しに来ているのなら、まずは、何が話されているのか聞くべきだ。

そんなことを言って妨害しなければならないほど自分たちがストレスを抱えている、その原因を探ることで、自民党の議員(鈴木議員も会派を離脱しただけで自民党の議員である)には政策の向上につなげていただきたいと思う。

そして、鈴木議員は、もし今後自民党会派が自浄作用を備えてもそのとき自民党会派にいない以上自分で何とかするしかないのだから、ちゃんと自己分析をしてそういう作文でも発表してから自民党会派に戻るべきだと思う。自民党会派も、自己分析のできていない鈴木議員を戻したならば、それは即自浄作用が備えられていないことを意味すると思う。たとえば、女性は社会進出よりまずは出産であるとの本音を誰かが持っているとして、その本音が議論に挙がる前に消えるのはおかしいし、本音も政策に反映されていいのではないかと思うので、反省ポーズで口を噤むことは求めたくない。鈴木議員が今すべきこととしては、今後言いたいことを政策に反映するにはどうすればいいかを考えることだ。他人の発言を妨害するのではなくて。

全国最年少の市長が逮捕された件

政治ネタ

世知辛い世の中、私もそれなりにストレスを浴びています。

そういうときは、マニアな趣味の政治ネタで気を紛らわしましょう。

美濃加茂市長 逮捕

現在全国最年少の市長である、藤井浩人・岐阜県美濃加茂市長(29歳。就任時点で28歳10か月)が6月24日、愛知県警に逮捕されました。

各報道によると、被疑事実に係る罪名は受託収賄罪と事前収賄罪など。美濃加茂市議会議員だった2013年3~4月、業者から「浄水設備を市に導入してほしい」と依頼され、市議会本会議で設備導入の検討を求める発言をしたほか、市の担当者に契約締結を要望した。その見返りとして業者から10万円を受け取った。さらに、2013年6月の市長選に立候補を表明する直前の4月、業者から「市長就任後も浄水設備の契約締結を進めてほしい」と頼まれ、20万円を受け取った。・・・ということだといいます。

受託収賄罪というのは、「公務員が」、「請託を受けて」、「その職務に関し」、「賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき」に成立する。7年以下の懲役。報道を元にすれば、今回の件は、市議会議員としての職務に関することです。

事前収賄罪というのは、「公務員になろうとする者が」、「その担当すべき職務に関し」、「請託を受けて」、「賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき」に成立する。処罰されるのは、「公務員となった場合」である。5年以下の懲役。これは、今回の件で言えば、市長の職務に関することで、市長になる前に受け取った金のことです。

藤井市長は、収賄なんて、事実無根なので、しっかり捜査には協力し潔白をはらしたいと思います!」とTweetしているが、事実無根で逮捕されたのなら大問題です。

実際にどういうことがあったのかということは、まだ明らかになりません。

報道の中には、

 議会関係者によると、藤井市長は2013年3月議会の委員会で、プールに雨水をためておき、災害時にろ過して飲料水に使うよう市議として提案。一般質問では市幹部から「雨水ろ過の導入を検討する」という答弁を引き出した。捜査2課はこうした質問が業者の参入に有利となり、便宜供与にあたると判断した模様だ。

http://mainichi.jp/shimen/news/20140624dde041040036000c.html

というものがありましたので(他社にも同様の報道あり)、美濃市議会の議事録を見てみましたが、インターネットで見られる本会議の議事録には、藤井市議(当時)の質問に答える形で直接的に「雨水ろ過の導入を検討する」という答弁がなされている箇所がないように思えたし、飲用の利用についてはともかく「加茂川総合内水対策計画」というもののなかで、すでに雨水対策として貯留浸透施設を校庭に設置するという案が出ていたのであって、藤井市議の質問によって「雨水ろ過の導入を検討する」という答弁があえて引き出されたという評価には違和感があります。

お金を渡したのか渡していなかったのか、渡したとしてどのような意味合いで渡したのか、ということもありますが、少なくとも受託収賄に関しては、現時点で私はちょっとすっきりしません。贈賄側業者が認める形になっているようで、有罪認定に進みやすいのでしょうが、それでいいのかなと疑問に思います。

ただ、事前収賄については、市長就任後のこの事業関係の進め方が性急かつ特異であり(業者負担で実証実験名目で設備が作られたという)、仮に市議時代に金銭の授受があったとすれば、藤井市長の進め方に甘さがあったように感じられます。

KSD(村上正邦)事件などを取ってみても、一旦起訴されれば、裁判所は、「請託」や「賄賂性(見返り)」の認定がゆるやかであると感じます。ですから、金銭の授受があるような場合に、争って無実を晴らすことは、容易なことではないでしょう。

最年少市長といえば

私がこの件で思い出したのが、志々田浩太郎・元東京都武蔵村山市長。

郵政官僚から、日本新党のスタッフになり、1997年に28歳0か月で武蔵村山市長となった志々田氏でしたが、再選後に三選を目指して臨んだ2002年の選挙で落選しました。そして、その選挙の選挙公報に石原慎太郎東京都知事らの推薦文を勝手に掲載した公職選挙法違反(虚偽事項の公表)で逮捕起訴されました。のちに八王子簡裁で罰金と公民権停止4年の略式命令。選挙期間中に石原氏側から問題視され謝罪する、という下らない経緯でした。

志々田氏の最年少市長記録は今も破られていません。就任時最年少市長記録1位は志々田氏、2位は藤井氏です。

若い政治家は経験が薄い分、狙われやすいのでは

市長の最年少逮捕記録は藤井氏になったわけですが、市長経験者最年少有罪記録とならなければいいのですが。

それにしても、政治の世界は、見返りを期待して近づいてくる人たちが多いですし、それに加えてあまり世間慣れしていないと、いいように使ってやろうと狙う人たちのターゲットになりやすいです。

藤井氏も、議会活動・日常活動とも頑張っていたようですし、市長の立場での振る舞い方を間違った(市議と違って思いついたことも押し通せるので…)のかもしれませんが、あえて自分から市民を裏切って私腹を肥やすというあくどい気持ちまであったかというと「?」です。

今回の件は、別件で逮捕されるような業者に好き勝手やられてしまったという側面があり、業者に引きずられるようにして「市長の収賄」が捜査機関の手の届きやすいところにお膳立てされたという形なのではないでしょうか。

とはいえ、そうした業者と懇意にして、特別な関係と見られてしまうこと自体、政治家(特に首長)として未熟なのかもしれませんし、未熟ゆえにこうなったとしても「次は頑張れ」と言える状況までになるかどうか、というところなのですが。

相談初期の見立て,その前に…

「見立て」の前提となる事実とは?

相談を聞いた段階で,私(弁護士)は見立てをします。

その見立てというのは,実は,「(相談者が言っていることが真実ならば,)この事案は法律的にどう扱われていくべきか?」という見立てだけではないわけです。

見立てをするときには,必ず「相談者の発言は私に相談者の実体験をありのままに伝えているか?(私に伝わっているか?)」ということを考えなければならないわけです。

 

「語り」が内包する危険

刑事訴訟法の勉強をしていると,供述証拠が内包する危険について説明がなされますが,法律相談もそれと同じことが言えると思います。

語りによる相談は,次のような危険をはらんでいるのです。

知覚過程での 「見間違い」・「聞き間違い」

記憶過程での 「思い込みによる記憶の変容」

表現過程での 「いつわり」・「誇張」・「隠蔽」

叙述過程での 「言い間違い」・「言葉の選び方の誤り」

わざと嘘をつこうとしなくても,ほぼ必ずこうした誤りを含んでしまいます。私が誰かに話をする場合だってそうです。

そして,聞き手側でも,「聞き間違い」・「聞いた言葉の解釈の誤り」・「聞いた記憶内容の変化や消滅」などがあるわけです。たとえば,聞き手側が,相談者の話を聞いて,「あ,それはこういうことですね。○○○○」と言い直したようなとき,相談者は,(うーん,ちょっと違うんだけど,大きくは違わないし,自分に有利な言い方だから,いいか)と思って,「そうです!」と返事をしてしまう。こんなことはよくあることです。

こういうふうなわけで,法律解釈を示す前に,何があったのかを正確に把握すること自体,綱渡りな作業です。

事案・相談によっては,重要な書面が存在して,こうした危険性が薄いものもありますが,それでもトラブルになる事案ですからどこかに落とし穴があってもおかしくありません。

こうやって,危険をできるだけ排除しながらも,事実関係をほぼ把握することで,私(弁護士)は,やっと,それなりの自信を持って法律的な回答ができるようになります。ただ,それでも,「○○を前提としたら,こうなります」という答え方にならざるをえないこともあります。

何か,疑ってかかっているように感じられるかもしれませんが,弁護士の仕事の性質上,仕方のないことだと思います。「私はこういう症状です」という患者の自己申告だけで診断するようなものに近いところがありますので。

弁護士になってすぐは,相談者から聞いたことがほぼ真実なのだという前提で回答しがちです(少なくとも,私にはそういう傾向があったことは否めません)。相談者が語っている様子からしてウソっぽくはない,とか,相談者が言っていることを疑った形になるのはよくない,とか,そんな理由からだと思います。

ただ,法的紛争のほとんどは相手方が存在する話。ウソをつくような相談者ではなくても,思わぬ展開になってしまうこともありうるのです(そうなるのには,ここで書いた「「語り」が内包する危険」の他にもいろいろな要因がありますが)。

 

主張立証の問題(つづく)

ここで書いた「語り」が内包する危険を乗り越え,相談者の言っている真実を正確に把握でき,相談のときに弁護士が示した法律構成が正しいとしても,それでも本来あるべき解決を迎えられない場合があります。

そのひとつは,

裁判になった場合には相談者側が証明しなければならないことなのに,立証の材料(証拠)を相談者が有していないとき

です。私が法律相談をこなしているなかでもよくあります。

今度は,このことについて,もう少し書いてみようと思います。

リキュール(発泡性)①の罠

サッポロビール「極ZERO」販売中止の件に興味を覚え,いろいろと調査してみた。

(ブログネタになるから調べるというより,私は日頃から,面白いと思ったことを調べ尽くすというタイプである。今回は,調べたことが法令解釈の問題だったので,ここに書くという感じ…。)

ニュースの分析

「極ゼロ」発泡酒で再発売へ、税116億納付も

 サッポロビールは4日、低価格のビール類「第3のビール」として昨年に発売した「極ZERO(ゼロ)」の販売を6月中旬をめどに終了すると発表した。

 第3のビールにかかる酒税額は350ミリ・リットル当たり28円だが、極ゼロがビール(77円)など税額の高い区分に入る可能性があるためだ。品質に問題はなく商品回収は行わない。

 サッポロは、製法を変え、発泡酒の「極ゼロ」を7月15日に発売する。発泡酒の税額は46・98円と第3のビールより高いため、価格は現行商品より20~30円値上がりする見通し。

 酒税法では、麦芽の使用量や製法によって異なる税額が定められている。サッポロは今年1月、国税庁から極ゼロの製法に関する問い合わせを受け、社内で検証した結果、区分が異なる可能性があると判断した。サッポロは「具体的な製法は販売上の秘密事項」として基準との食い違いを明らかにしていない。

 税務当局が第3のビールに該当しないと判断した場合、サッポロはビールと同じ77円の税金を納付する必要があるため、これまで納めた税額との差額分約116億円を追加納付する。

 4日、都内で記者会見した尾賀真城社長は、「ご迷惑をおかけしておわび申し上げます」と陳謝した。

これが読売新聞のサイトに掲載されたニュースである。

サッポロビールは,「具体的な製法は販売上の秘密事項」として基準との食い違いを明らかにしていないというが,いやいや,具体的な製法はともかく,どういう理由で区分が異なる可能性があるのかわからなければ,おもしろくないわけで…。

サッポロビールのニュースリリースを見ても,それはよくわからない。いち消費者の立場からすると,このニュースリリースからは誠実さを感じるし,この程度の説明でいいんじゃないかとは思う。でも,もうちょっと探っていくと何かおもしろいことがわかるかもしれない。

他サイトによる分析

理由は?サッポロ「極ZERO」を第三のビールとして販売終了で発泡酒に変更で酒税の差額分約116億を追加納付するらしいニュース屋さん@日本株式投資

ネット検索でヒットしたサイトだが,

あれ?素人目には、「極ZERO」は「原料に麦芽」使ってるから発泡酒だよね?

「極ZERO」をなぜ第三のビールと定義したのかサッポロ側の意図が不明

と,極ZEROが原料に麦芽を使っているので,その時点で,そもそも,ビールか発泡酒にしかならないのではないか,という指摘をされている様子。

うーん,そういうことなのかどうか?

では,何が引っかかったのか(推測)?

胴元の財務省のサイトに酒税の税率が載っているので(酒税法酒税法施行令酒税法施行規則等をまとめ直したものですが),まずは,そこで理解を深める。分からない点があれば,法令を読む…。

http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/consumption/123.htm

ここで,リキュール(発泡性)①という品目表示(商品ラベル)と税金の関係がよくわからなくなるが,それについては,国税庁による酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達を見ればわかってくる。

要するに,酒税法2条2項により,税法上の「酒類」は,発泡性酒類,醸造酒類,蒸留酒類及び混成酒類の四種類に分類されるということ。

酒税法3条3号により,ビール,発泡酒,その他の発泡性酒類(アルコール度数10度未満)発泡性酒類に属するとされる。大まかに言えば,今回問題となった極ZEROがここに属することは間違いないだろう。

発泡性酒類の基本税率は,1キロリットルあたり220,000円である。ビールの税率はこれである。

そして,特別の要件を満たすものだけ,税率が軽減されている。以下のとおりである。

水以外の原料中の麦芽重量が25~50%発泡酒の税率は,1キロリットルあたり178,125円である。

水以外の原料中の麦芽重量が25%未満発泡酒の税率は,1キロリットルあたり134,250円である。

その他の発泡性酒類(ホップ又は財務省令で定める苦味料を原料の一部とした酒類で次に掲げるもの以外のものを除く。)の税率は,1キロリットルあたり80,000円である。

ああ,わかりにくい…。

要するに,こういうことだろう。

ビール・発泡酒以外の発泡性酒類は,1キロリットル80,000円の特別税率が原則適用されるが,そのなかで,ホップ又は財務省令で定める苦味料を原料の一部とした酒類については,例外もあるので注意しなければならない。その例外(特別税率の適用外)というのは,酒税法23条2項3号イ・ロのどちらにも当てはまらないもの。

その,イ・ロというのは,これ。


糖類、ホップ、水及び酒税法施行令第20条第1項に規定する物品を原料として発酵させたもの(エキス分が2度以上のものに限る。)


発泡酒(酒税法施行令第20条第2項に規定するものに限る。)にスピリッツ(酒税法施行令第20条第3項に規定するものに限る。)を加えたもの(エキス分が2度以上のものに限る。)

このは,前掲の国税庁品目表示でいう「その他の醸造酒(発泡性)①」にあたるもの。は,国税庁品目表示でいう「リキュール(発泡性)①」にあたるもの。(①というのは,特別税率の対象品を意味し,特別税率の対象外であれば,②となる。)

従来を第三のビールと呼んでいたので,を第四のビールと呼ぶ人たちもいるがあまり浸透していない。

今回問題となった「極ZERO」は,サッポロビールとしてはに当たると考えて製造販売していたもの。

要するに,発泡酒にスピリッツを加えたものである。

しかし,これにも限定がかけられていて,

発泡酒は酒税法施行令第20条第2項に規定するものに限る

スピリッツは酒税法施行令第20条第3項に規定するものに限る

できあがったお酒はエキス分が2度以上のものに限る

というわけである。

酒税法施行令20条には何が書いてあるか?

発泡酒について(2項)・・・「法第二十三条第二項第三号 ロに規定する政令で定める発泡酒は、麦芽及びホップを原料の一部として発酵させたもので、その原料中麦芽の重量が水以外の原料の重量の百分の五十未満のものとする。

スピリッツについて(3項)・・・「法第二十三条第二項第三号 ロに規定する政令で定めるスピリッツは、次の各号のいずれかに掲げるものとする。
一  大麦を原料の一部として発酵させたアルコール含有物(大麦以外の麦を原料の一部としたものを除く。)を蒸留したもの
二  小麦を原料の一部として発酵させたアルコール含有物(小麦以外の麦を原料の一部としたものを除く。)を蒸留したもの

ここで,報道の中には,「原料となる蒸留酒の配合などに問題点があった可能性がある」としたものもある(日経)。

この報道の根拠は明らかでないが,確かに,発泡酒の原料中の麦芽の重量が50%を超えるという単純な間違いは,犯しにくいように思う。スピリッツが要件を満たさないものであったか,エキス分が2度に達しないものであったか,いずれかが有力だろう。

スピリッツの要件に問題があった場合でも,エキス分に問題があった場合でも,特別税率の要件を満たさなくなる以上,ビールと同様の1キロリットルあたり220,000円の基本税率での課税になるわけである。

なお,スピリッツについては,サッポロビールは,極ZEROには「スピリッツ(大麦)」を使用していると謳っていた。これを信じる限りは,他の麦が入っていることはなさそうだが…。

そうすると,極ZEROの売り文句(プリン体ゼロ,糖質ゼロ)から考えても,エキス分に問題があった可能性が高いか?

ここで,エキス分とは何なのか,解説する(と言っても,私もさっき調べただけだが…)。

酒税法3条2項に定めるエキス分とは,「温度十五度の時において原容量百立方センチメートル中に含有する不揮発性成分のグラム数」であるという(この数字は,重量パーセントを示す)。

要するに,加熱しても蒸発しない成分が,温度15度のときに100立方センチメートルの中に何グラム含まれるかということだ。

このエキス分の内容成分は一般的には,甘味成分である糖分を主体とし,その他旨味成分であるアミノ酸類や酸味成分であるアミノ酸類や酸味成分である有機酸類などから成るという。

特別税率適用のためには,これが2以上でなければならない,というのが酒税関係法令の規定。

極ZEROの売り文句からすると,糖質を用いないで,旨味は確保し,それでいてエキス分2度以上は保たなければならないが,素人目からすると,ここには無理が生じやすいのではないか?と感じる。

要するに,これまでの極ZEROは国税庁の解釈に従えばエキス分が2度未満であり,リキュール(発泡性)①ではなく,スピリッツ(発泡性)②であったのではないか,というのが私の推測(憶測)だ。

(ネットの情報だけでこう推測して書いているので,違っていたら教えてください…。)

今後はどうなりそうか?

サッポロビールでは,

 サッポロビール(株)(以下「当社」)は、アルコール入りビールテイスト飲料において世界で初めて「プリン体0.00」(注1)を実現し、更に「糖質0」(注2)も達成した機能系新ジャンル「サッポロ 極ZERO(リキュール(発泡性)①)」を、本年7月15日(火)より新たに発泡酒(麦芽使用率25%未満)として再発売します。

ということをプレスリリースの冒頭で言っているが,「発泡酒にリキュールを混ぜた場合」に何か根本的な問題があり,それを解決しようとすると,味を損なうか,酒税法23条2項3号ロの要件を達成できなくなるか,プリン体ゼロ・糖質ゼロを実現できなくなるので,このうち酒税法23条2項3号ロの要件達成を断念して発泡酒の要件達成で妥協した形だろう。

今後は,第三(第四)のビールの税率プリン体ゼロ・糖質ゼロの三拍子を達成できるビールメーカー(商品)が登場するのかどうか,そもそもそんなことは無理ゲーであるのか,注目されるところである。

余談

ちなみに,私は,プリン体ゼロとか糖質ゼロにあまりこだわりはない(それより味でしょ!)ので,おいしい商品を開発してほしいし,おいしい商品が開発されるような税制にしてほしいと思う。

税金軽減のために開発力を大幅に割いてしまうのって,もったいないような気がする。

 

※ 追記 追加記事を書きました→ 

最近のわたし~金沢市の町名~

最近の私の興味は,金沢市の町名である。

金沢市の町名と言えば,旧町名復活運動がある。平成に入り,かつての町名変更で消えてしまった町名を復活させる機運が出てきた。市議会の議決により,平成11年には主計町,平成12年には飛梅町・下石引町,平成15年には木倉町・柿木畠,平成16年には六枚町,平成17年には並木町,平成19年には袋町,平成20年には南町,平成21年には下新町・上堤町が復活した(一旦名前が変えられたものが元の名前に戻された)。

金沢市が旧町名復活運動の先進地となっている感もある。

しかし,そもそも,金沢市は,昭和37年(1962年)5月施行の住居表示法(正式名称「住居表示に関する法律」)に基づく住居表示整備実験都市の指定を昭和37年8月に自治省から受け,住居表示の現代化のモデル都市とされ,それに基づいて,歴史的な町名が整理統合されて急激に塗り替えられてしまったという経緯がある。

金沢市は歴史ある都市で,それゆえか,全国の都市の中でも,町名が細かく分かれていた。当時,東京オリンピック(昭和39年,1964年)の開催が決まり,国際化,特に欧米の風習を取り入れて欧米に追いつくという意識が強まる中,昔ながらに細かく分かれた町名は,非合理的な旧弊と捉えられた。殊に,国の指導者層や中央官庁においては,そうした旧弊ひとつひとつが気になったのだろう。郵便事業との関係で,行政活動の利便性向上を期した面も大きかった。今となって捉えれば,金沢市もそうした潮流に呑まれた構図だが,金沢市民の気風からしてみれば,全国に先駆けて新しい風習を取り入れることに市民自身が積極的だったのかもしれない。

金沢市議会は,昭和38年3月,「金沢市住居表示に関する条例」を可決,同6月には市役所内に住居表示課ができ,同月には寺町地区などで最初の住居表示が実施される迅速さだった。

こうして,昭和38年から昭和45年ころにかけて,どんどんと金沢市の旧町名は消え,新しい住居表示が導入されていった。

たとえば,「中央通町」というのは,昭和40年9月の町名変更で新しくできた町名である。昭和39年に「片町中央通り」が開通し,その周辺が「中央通町」と名付けられたわけである。この町名に統合されたのは,裏伝馬町,下伝馬町,古藤内町,茶木町,犀川下川除町(一部),南長門町(一部),横伝馬町(一部),塩川町(一部),宝船路町(一部),西御影町(一部),富本町(一部),西馬場町(一部),新川除町(一部)である。

また,新町名を作るのではなく,代表的な旧町名をひとつ残してそこに統合したパターンも多い。たとえば,「尾張町」。昭和45年6月の町名変更で,今町,尾張町(南部),殿町(一部),味噌蔵町下中丁(一部),味噌蔵町片原町(一部),博労町(一部),橋場町(一部),中町(一部)が合わさって尾張町一丁目になり,上新町,下新町,主計町,尾張町(北部),橋場町(一部),母衣町(一部),博労町(一部),下近江町(一部),彦三二番丁(一部),桶町(一部),袋町(一部),青草町(一部)が合わさって尾張町二丁目になった。

「材木町」は,もともと,材木町通りの両側から成り立っていた町名だったが,旧材木町三丁目・四丁目・五丁目以外は,別の町名になってしまった。

このような勢いで,金沢市の町名は全域的に改変の対象になってしまった。

もちろん,町名の改変に対しては反対する声もあった。金沢市でも,町名改変や吸収統合に町会が納得しなかったなどの理由から,旧町名がそのまま残されたものがあった。たとえば,十間町,博労町,西町三番丁,西町四番丁,西町藪ノ内通,下堤町,下松原町,青草町,上近江町,下近江町といった近江町周辺の町名である(一部は尾張町に吸収されるなどしたが)。

全国的に町名変更(新住居表示)が行われる中で,町名に愛着のある人たちは容易に納得することはなく,次第に反対の声が大きくなっていって,町名変更作業が滞るようになっていった。特に,東京オリンピック前後に,お上から降って湧いたように町名変更が行われた東京では,反対の声が抵抗運動に結びつき,昭和40年代には町名変更の取消訴訟が複数提起された。昭和42年には,そうした全国の地域住民からの批判が高まった結果,「できるだけ従来の区域及び名称を尊重する」との立法趣旨のもと住居表示法の改正まで行われた。

ついに昭和58年(1983年)には,自治省行政局振興課長が各都道府県総務部長にあてて,「住居表示の実施に伴う町区域及び町名の取扱いについて」と題して,「現在の町区域及び町名はそれ自体が地域の歴史,伝統,文化を承継するものである」から,「今後の住居表示の実施に当たっては,住民の意思を尊重しつつ,みだりに従来の町区域を全面的に改編し,整一化を図ったり,また,町名を全面的に変更するということのないよう」都道府県が市町村を指導せよ,と通達した。

金沢市の町名改変についても,昭和57年(1982年)出版の『金沢・町物語~町名の由来と人と事件の四百年~』の中で,元中日新聞北陸本社報道部次長・編集委員・事業部長の高室信一氏が批判的な目を向けている(私のこの投稿は,この書籍に拠るところが大きい)。

こうして,一回りして,金沢市でも,強引な町名改変への反省と,伝統的な町名の見直しの機運が高まっていったのである。

しかし,金沢市での旧町名復活は,ごく一部にとどまり,今後もどんどんと実現が見込まれる状況にはない。その要因としては,一度変更したものを再度戻す場合のコストの問題,新旧名称の好き嫌いの問題,分断された旧町名を再統合することの困難さ,旧町名で道路方式をとっていた場合に現在金沢市で取っている街区方式から逸脱するので採用困難であること,等が挙げられる。

私は,かなり新しいもの好きだけれども,歴史あるもの・由来のあるものも好きだ。しかし,この問題については,歴史・由来重視である。利便性を優先して新しいものに変えていくという発想もあってよいと思うが,それならそれで,歴史を踏まえて考え尽くし,遺憾のないようにすべきである。一旦壊してしまうと,戻らないものも多いのだから。