楽天・田中将大 ヤンキースと7年契約

楽天・田中将大 ヤンキースと7年契約

大リーグへの移籍を目指していたプロ野球・楽天の田中将大投手が、ヤンキースと7年契約を結びました。
契約の詳細は明らかにしていませんが、アメリカのメディアは年俸の総額は1億5500万ドル(日本円でおよそ161億5000万円)に上ると伝えています。

田中投手は先月、楽天に大リーグ挑戦の希望を伝えました。
それを認めた楽天は、先月25日にポスティングシステムの利用を申請し、日本時間の25日の朝まで、獲得を希望するすべての球団と交渉できることになっていました。
交渉の最終週を迎えてアメリカのメディアは、ヤンキースやドジャースなど5球団ほどが大詰めの交渉を行っていると伝えていましたが、期限まであと2日に迫った22日、ヤンキースが田中投手と7年契約を結んだと発表しました。
ヤンキースによりますと、この契約には、4年後、2017年のシーズン終了後に、田中投手側が残り3年の契約を続けるかどうかの選択権が設定されているということです。
このほかの契約の詳細についてヤンキースは明らかにしていませんが、アメリカのメディアは、7年間の年俸の総額は1億5500万ドル(日本円でおよそ161億5000万円)に上ると伝えています。
1年平均の年俸は2200万ドル余りとなり、これまで日本選手で最高だったイチロー選手が2008年にマリナーズと結んだ際の5年で総額9000万ドル、1年平均で1800万ドルを大幅に上回り、日本選手最高年俸となります。
田中投手は23日、みずから契約の理由などについて説明する予定だということです。

高い年俸の背景は

年俸が高騰した背景には、先月スタートした新しい「ポスティングシステム」の存在があります。
松坂大輔投手やダルビッシュ有投手が大リーグに移籍した際に利用した、以前の「ポスティングシステム」では、交渉できる球団を1つに絞る入札が最初に行われたため、日本の所属球団に支払われる入札金が高騰し、その分、選手に支払われる年俸が抑えられました。
ダルビッシュ投手が2年前にレンジャーズに移籍した際は、入札金は5170万ドルでしたが、6年契約の年俸の総額は6100万ドル、1年平均で1000万ドル余りでした。
これに対し、今回の「ポスティングシステム」では制度が大幅に変更され、2000万ドルを上限に日本の球団が設定した譲渡金を支払う意思のある球団は、自由に選手と交渉ができるようになり、譲渡金を除けばフリーエージェントと変わらない制度へと様変わりしました。
このため、田中投手の獲得を目指したヤンキースやドジャースなどの資金力のある球団が契約条件で競い合い、年俸がつり上がる大きな要因になったとみられます。
また、このシーズンオフにフリーエージェントになった大物投手が少なかったことも、年俸が高騰した理由の1つに挙げられます。
大リーグでは、このところフリーエージェントの選手が大型の長期契約を結ぶケースが増えていますが、このオフは先発の1番手や2番手を担えるような実績と、長期契約に値する将来性を兼ね備えた投手がいませんでした。
このため、アメリカのメディアの多くは、日本での実績と25歳という若さを併せ持つ田中投手を、このオフの移籍市場で最大の注目投手と位置づけていました。
さらに、大リーグでの日本人の先発投手の活躍も、田中投手の価値を高めた要因の1つです。
去年、ダルビッシュ投手は13勝9敗でアメリカンリーグの最多奪三振のタイトルを獲得し、マリナーズの岩隈久志投手は14勝6敗の成績を上げ、ダルビッシュ投手と共にサイ・ヤング賞の最終候補に名を連ねました。
また、ヤンキースの黒田博樹投手もエースとして活躍しました。
日本で実績を挙げて大リーグに移籍した日本人投手が、ここ数年相次いで好成績を残していることが、去年日本で24勝負けなしの記録を作った田中投手の高い評価につながりました。

契約内容も大元の制度(ルール)に依存する

今回、ポスティング制度が改正され、アメリカの球団が日本の球団に支払う額(入札額)に上限額2000万ドル(20億円程度)が設定された。そして、複数球団が最高額入札した場合、それら複数球団が選手と交渉できるようになった。ポスティング入札額を日本の球団に支払うのは、選手と契約した球団である。

これまでは、最高額制限はなくて、最高額入札球団(1球団)は、選手との契約に漕ぎ着けた場合、その入札額を日本の球団に支払うという仕組みだった。

「日本の意思決定が遅かった」などと言われ、新しい案を提示されてしまい、それを呑まざるをえなくなったとき、「日本の交渉力のなさ、アメリカのしたたかさ」だという受け止め方もあった。確かにそうした面もあるが、日本人選手にとっては有利な改正ともいえた。

田中将大のような超目玉選手の場合、2000万ドル以上支払う価値があることは確実なので、最高額2000万ドルで入札する球団は複数出る。そうすると、田中としてはその先、複数の球団と交渉できる。岩隈のポスティングのときのように、ポスティングで落札した球団がその後の契約(年俸)交渉で渋り、結局契約できないというリスクが激減する。複数の球団が控えていれば、移籍希望選手はそのようなしょっぱい球団を相手にする必要はなく、よりよい契約内容を提示してきた球団と契約を結べるからだ。

こうして、新ポスティングシステムでは、選手とMLB球団との間の契約内容は、大きなものになっていきやすい。今回、田中とヤンキースの契約が7年1億5500万ドルになった(1年あたり2000万ドル超え)というのは、こうした制度変更によるものと考えられる。旧ポスティングだと、ポスティング金が1億ドルになったかもしれないがそのぶん田中との契約は1年1000万ドル程度になったのではないか。また、破談の可能性もあったのではないか。

そうすると、なんだかんだと言われたが、田中個人にとっては、今回の制度変更はいい方に作用したということになるだろう。

楽天イーグルスは、受け取れるかもしれなかったポスティング金を受け取れなかったことになる。私は、この球団を応援しているので、戦力流出と補強について気になるところではある。昨シーズン活躍したケーシー・マギーはMLBのフロリダ・マーリンズに移籍し、その代役としてケビン・ユーキリスという大物を獲得したが、田中の代役候補が用意されたとは言いがたい。もしポスティング金がガッツリ入ってきたら、FA市場で大竹とかを獲得していたのだろうか…?(まぁ、大竹ではなぁという気もするが)

田中と楽天球団の間で、何らかの寄付をするというような報道があった後、契約高騰を抑えたいMLBから警告が入ったが、現実的に田中から球場改修費等が出たりするのだろうか。すぐには動きがないだろうが今後注目していきたい。

裁判によって人は救われるのか? 思いつきメモ

もともと、私はいろんなものを懐疑的に見るようなところがあるので、弁護士になるにあたって、別に「弁護士になって正義のために力を尽くすのだ。自分が信念に基づいて働くことで社会は良くなるのだ。」と思っていたわけではない。

むしろ、「調べる」、「知る」ということが好きなので、そうしたことに関連する楽しみがあるのではないかと思っていた。うまく表現しにくいが、「知的好奇心」といったところだ。

今は、事件の登場人物それぞれの立場から見て、その人ごとに主張する「事実」が異なること、「正しさ」の感覚が異なること、「落としどころ」の捉え方が異なることを面白いと思っている。

そうやって、事件を概観して、各立場からの眺めを想像することが興味深いからこそ、この仕事に楽しさを感じる。

図太い正義感や思想上の強い信念がなくても、仕事に取り組むことは楽しいし、案外ストレスを感じていない。

ストレスをあまり感じないのは、当事者と完全には「同じ気持ち」になっていないからであるかもしれない。しかし、私は、当事者の気持ちを理解していないわけではない。

むしろ、私は、自分のことを、いろいろな立場にいる人の「意図」を推察するのが得意だと思っている(勝手にそう思っている)。

 

裁判によって、人は救われるのか?

この問いに対し、一言で答えることはできないだろう。

救われるべくして救われる人もいれば、救われるべきなのに救われない人もいる。救われるべきではないのに救われてしまう人もいれば、当然救われない人もいる。

そして、司法手続によって不幸になる人もいる。司法手続の作用により泣く人もいる。

刑事手続の結果・過程により、刑罰権の行使対象になったり、被疑者となって実質的な制裁を受けたりする人は多いが、そうしたことが誰かのためになっていることもあれば、マイナスの連鎖を生んでいる場合もある。

 

弁護士の仕事は、何なのか?

司法手続によって、正当な自己の権利を実現したい人の手助けをする役目? 逆に、「正当な権利を実現したい」と思ってアクションを起こした人には、相手方が存在することが多く、相手方にも言い分はあるだろう(検察官に起訴された被告人もこのカテゴリーに入るかもしれない)。そういう意味では、弁護士は、司法手続に巻き込まれた人を手助けする立場でもある。

正当な権利は実現されるべきだというのは「正しい」命題かもしれない。それを実現する場所は、裁判所か。しかし、裁判所を通じることによって、当事者が実際体験したこと以外のところで有利不利が生じることがある。裁判所では「法律」という言語システムを理解していなければ、適切なタイミングで適切な主張を酌み取ってもらうことができないことがあり、「いい弁護士」が付いていると有利になり、その相手方が不利になることが否めない。大まかに言えば、「うまいことやった」者が「うまいことやらなかった」者より有利になるという可能性があるということだ。

弁護士は、依頼者が正当な権利を実現しようと希求している限り、それを手助けするのが職業的使命である。相手方にも相応の事情があることが常であろう。しかし、中立的な立場で仲裁するのは、弁護士ではない。弁護士は、あくまで依頼者の味方として動く(ただし、依頼者が不当なやり方で権利を実現することを望み、弁護士にそれを要求するような場合、弁護士はそれを拒否してよいし、拒否すべきだ。)。

「いい弁護士」を雇える立場にある者、「いい弁護士」が誰であるか知る立場にある者が有利になることは仕方がないことであるのか。「司法改革」で誰でも弁護士が使えるようになったと言いつつ、結局このあたりの実質的な格差はむしろ拡大していく可能性が高いと思う。しかし、私は、それも仕方ない、と思ったりしている。

努力・工夫をした人もしない人も、同じリターンなんだったら、努力・工夫なんてしない。少なくとも私はそうだ(もちろん、リターンといっても、私が仕事をしたことでもらえる報酬のことだけではない)。国民・市民にとっても、「いい弁護士を雇えればうまく行きやすい、だから探す・選ぶ」、という形でインセンティブが働く。今後は、国民・市民の側でも、これからは、いかに表面的な広告にだまされないで、いい弁護士を見つけるかがカギになってくるだろう。現状からすると、そういう方法論が国民・市民に浸透するまでに、相当な犠牲が出るかもしれない。

 

水戸地裁で裁判員8人全員解任

裁判員ら8人全員解任、全員が辞任申し出 選任やり直しへ 水戸地裁
2014.1.15 21:28
 水戸地裁で17日に判決言い渡しが予定されていた裁判員裁判で、補充を含む裁判員8人全員が15日までに辞任を申し出た。地裁はこれを認めて全員を解任し、同日、新たに裁判員候補者の選任手続きをやり直すと発表した。こうしたケースは極めて異例。

 この裁判は、昨年9月に茨城県ひたちなか市の木造2階建ての自宅に火を付けて全焼させたとして、現住建造物等放火罪に問われた男(65)について審理していた。

 地裁は9日、裁判員6人と補充裁判員2人を選任。初公判があった14日までに、裁判員1人と補充裁判員1人が辞任を申し出て、地裁が認めて解任。その後、論告求刑が予定されていた15日にも、開廷前に裁判員1人が辞任を申し出て地裁が認めた。

 裁判員が6人に満たないため、地裁が公判期日を取り消したところ、残りの5人からも辞任の申し出があった。

1月14日が公判の初日、15日が論告求刑、16日が評議で、17日が判決言い渡しの予定だったのだろう。

1月9日に裁判員を6人と補充裁判員2人を選任し、初公判までに2人が辞任を申し出た時点でギリギリ。判決言い渡しまで乗り切らなければならないところ、途中で辞任申出者が出た時点で、続行不可能。

公判期日を取り消し、改めて先の期日に公判を入れる流れを説明したところ、裁判員全員が「私たちはそんなにヒマじゃない。休めない。」と言い出したという流れか…。

私が経験した裁判員裁判でも、裁判員6人と補充裁判員1人が選任されていたところ、公判期日に1人が辞任を申し出、公判期日を補充裁判員なしで乗り切ったことがあった。

そのときは、ここで誰かが辞任を申し出たらどうなるだろう?と疑問に思っていた。公判1日、評議半日の事件でも甘く見ると危険ということだ。

補充裁判員の人数を決めるのは裁判長の裁判官だが、見込みが甘いと、このような自体が生じるのだと思う。

今回辞退した水戸地裁の裁判員は何か理由があって辞任を申し出たものであろうと思う。ただ多くの人たちが当初の召集にも応じずに選任されなかったり、選任手続で辞退事由を主張して結果的に選任されないのに対し、当初そういった主張を堂々とできずに裁判員に選任されてしまった人たちが選任されてから後悔し、土壇場で辞退するのは、「なんだかなぁ」と思う。

裁判員制度には、国民の感覚が評議や判決に反映されるというメリットはあるとは思うが、他方、どこまで責任感を持った判断をされているのだろうと疑問に思うこともある。

本音では、「裁判員やりたくない」という考えを持つ人が多いのだろう。そのような人が多い中で、選任に応じる積極的な人や拒否できない人ばかりが裁判員になるいびつさ。そして、罰則が怖くて渋々選任に応じているが内心やりたくない人の多さ。私は、この状況を「国民の意識の反映」などと手放しで称賛することはできない。

弁護士保険、弁護士費用特約の使い方

弁護士保険、弁護士費用特約を知っていますか?

弁護士保険」とか「弁護士費用特約」という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。

これらは、日本では、自動車保険(共済)、火災保険、傷害保険の特約として、各損害保険会社・共済協同組合から販売されているものです。

自動車をお持ちの方であれば、自動車保険(共済)に入る際に、「弁護士費用特約」はどうしますか? と聞かれた経験があるかと思います。

「弁護士保険」と言っても「弁護士費用特約」と言ってもかまいませんし、保険会社によっては「弁護士費用補償特約」と呼ぶこともありますが、ここでは、「弁護士費用特約」と呼んで話を進めます。

弁護士費用特約が使えるのはどんなとき?

弁護士費用特約がどんなときに使えるかは、その保険の契約書に書いてあります!

・・・というのが正確な答えではありますが、不親切ですので、多くの場合はこうです、ということをご説明します。

ここでは、自動車事故を例に挙げて説明します

弁護士費用特約が使えるのは、

  1. 契約中の自動車の搭乗者が自動車事故に遭って、死亡・後遺障害・ケガによる入院通院といった損害を受けた場合(人的損害、人損
  2. 契約中の自動車の搭乗者が自動車事故に遭って、その自動車など所有・使用・管理する物品に損害を受けた場合(物的損害、物損
  3. 記名被保険者(大雑把に言うと保険の加入者)等が受けた損害については、契約中の自動車に搭乗していない場面についても費用補償

と、簡単に言うと、このようになります。

そして、事故に遭って、相手方や相手方の保険会社と交渉をしても納得のいく回答がもらえないときなどに、ご自身が加入している保険会社の同意のもと、相手方への損害賠償請求を弁護士に依頼することができるのです。

訴訟(裁判)にならない段階でも弁護士に依頼することができますし、最終的に訴訟(裁判)に至らないで解決することも現にあります。

弁護士費用特約を使うと、費用面でどのようなメリットがあるか?

弁護士費用特約が付加されている場合、多くの特約では、相談料としては最大10万円まで、弁護士費用総額としては最大300万円までが補償される内容になっています。

多くの交通事故案件では、弁護士費用がこの最大額を超えることはありません。最大額を超える場合には、賠償額自体がかなり大きくなっています。

弁護士費用の算出方法については、私にご依頼をいただく際には、しっかりと説明いたします(保険会社が費用を負担する形になりますが、依頼者と弁護士の間の契約でもあるためです)。

なお、弁護士費用特約を使っても、自動車保険の等級は下がりません。

弁護士費用特約を使ったほうがいいとき(交通事故編)

死亡・後遺障害・ケガなど、人的損害が発生した事故の場合

人的損害が発生しているときには、相手方保険会社の提示している額でいいのか、弁護士のアドバイスをもらう方が望ましいといえます。

弁護士の使い方としては、訴訟(裁判)をする場合はもちろん、紛争解決センターを利用したり、示談交渉を任せたりすることもできます。

保険会社から提示された賠償額にどこか疑問があるとき、その額が妥当適切か確認するために法律相談を受け、その後の対応を検討する、という利用方法もあると思います。

過失割合に争いがある場合

交通事故の当事者の間では、どちらに何割過失があるかということが問題になることがよくあります。

これを 過失割合 といいます。

過失割合については、裁判例の積み重ねなどから、事故類型ごとに基準が作られています(赤本、青本といった書籍があります)。

保険会社は、そうした裁判例や基準を念頭に提示をしてきますが、やはり相当程度、自車側に有利な見方をすることも多いです。

類型は用意されていますが、実際のところ、類型に当てはめてすぐ解決する事故ばかりではありません。

普段このようなことに馴染みのない交通事故被害者が交渉をしていくことは、相当難しいといえます。

このようなときにこそ弁護士に依頼した方がいいでしょう。

10対0で相手方が悪い事故(もらい事故)の場合

自車側にも過失がある場合については、相手への損害賠償をする必要があるので、自車側で加入している保険会社が相手方と交渉をする流れになります。

しかし、自車側に過失がない場合、自車側で加入している保険会社は相手方と交渉する根拠がありませんので、被害者が自ら相手方本人や相手方保険会社と交渉しなければならないことになってしまいます。

このようなとき、相手方本人や相手方保険会社から誠実な回答がなされなければ、自車側の保険会社から同意を得た上で、弁護士に依頼して、相手方と交渉してもらうことも手法の一つでしょう。

弁護士費用特約で依頼する弁護士は選べる?

誰に依頼するか選べます

弁護士費用特約を使った場合には、自分が加入した保険会社が選んだ弁護士をつけなければならないのでしょうか?

答えは、 No です。選べます。

保険会社によっては、特定の弁護士を紹介する会社もありますし、弁護士会(日弁連)を通じて名簿順に紹介してもらう会社もあります。

そうやって、知っている弁護士がいない人には、何らかの形で弁護士を紹介する制度はあります。

しかし、実際は、ご自分で探して、最も良いと思われた弁護士に依頼するということも可能です。

石川県、富山県、福井県の事件を重点的にお受けします

私は、石川県金沢市の事務所に勤める弁護士ですが、弁護士費用特約を使って弁護士に依頼したいという方には積極的にご対応いたします。

石川県内については金沢市周辺だけではなく、七尾市や小松市周辺の方の案件をお受けすることも多いですし、富山県西部(高岡市、小矢部市、砺波市、南砺市など)の案件をお受けすることもあります。福井県の方についても、交通事故・交通事故以外とも受任経験があります。

基本的には、相談は法律事務所で、ということになりますので、ある程度近くて相談しやすい弁護士がいいと思いますが、ご縁次第というところもあります。

弁護士費用特約を使って弁護士に依頼したいときには、まずは電話かメールで、私に連絡してみてください。

あの裁判官がついに…。楽しみすぎる本。

衝撃的な発売情報が…

http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%B6%E6%9C%9B%E3%81%AE%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80-%E7%80%AC%E6%9C%A8-%E6%AF%94%E5%91%82%E5%BF%97/dp/4062882507/

アフィリエイトではないです。

絶望の裁判所 [新書]

 

著者は…… 瀬木 比呂志 !!

裁判官室に必ずある『民事保全法』という分厚い本の著者です。

新日本法規サイトの経歴

以下は、amazonからの引用。

登録情報

  • 新書: 256ページ
  • 出版社: 講談社 (2014/2/19)

商品の説明

内容紹介

裁判所、裁判官という言葉から、あなたは、どんなイメージを思い浮かべられるのだろうか? ごく普通の一般市民であれば、おそらく、少し冷たいけれども公正、中立、廉直、優秀な裁判官、杓子定規で融通はきかないとしても、誠実で、筋は通すし、出世などにはこだわらない人々を考え、また、そのような裁判官によって行われる裁判についても、同様に、やや市民感覚とずれるところはあるにしても、おおむね正しく、信頼できるものであると考えているのではないだろうか?
しかし、残念ながら、おそらく、日本の裁判所と裁判官の実態は、そのようなものではない。前記のような国民、市民の期待に大筋応えられる裁判官は、今日ではむしろ少数派、マイノリティーとなっており、また、その割合も、少しずつ減少しつつあるからだ。そして、そのような少数派、良識派の裁判官が裁判所組織の上層部に昇ってイニシアティヴを発揮する可能性も、ほとんど全くない。近年、最高裁幹部による、裁判官の思想統制が徹底し、左派系裁判官は一掃され、リベラルな良識派まで排除されつつある。
三三年間裁判官を務め、学者として著名が著者が、知られざる、裁判所腐敗の実態を告発する。情実人事に権力闘争、思想統制、セクハラ・・・、もはや裁判所に正義を求めても、得られるものは「絶望」だけだ。

著者について

一九五四年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。一九七九年以降裁判官として東京地裁、最高裁等に勤務、アメリカ留学。並行して研究執筆や学会報告を行う。二〇一二年明治大学法科大学院専任教授に転身。民事訴訟法等の講義と関連の演習を担当。著書に、『民事訴訟の本質と諸相』、『民事保全法』(各日本評論社)等多数の専門書の外、関根牧彦の筆名による『内的転向論』(思想の科学社)、『心を求めて』(騒人社)『映画館の妖精』(同)、『対話としての読書』(判例タイムズ社)があり、文学、音楽(ロック、クラシック、ジャズ等)、映画、漫画については、専門分野に準じて詳しい。

ちょっと、ちょっと…。

いや、まぁ、昨年出版された新著についてのレビューが気になってはいたんだが。

なーんか、まぁ、面白いことになってきたというか。

今からわくわくします。今年、弁護士の間で、話題にされることの多い本になるのでは(裁判官は読んでも話題にしないかもしれません)。

司法試験の受験回数制限、5回に?

司法試験「5年で3回」を「5年で5回」に緩和

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20140108-OYT1T00696.htm

政府は、司法試験の受験回数制限を現行の「5年で3回」から「5年で5回」に緩和することを柱とした司法試験法改正案を、1月召集の通常国会に提出する方針を固めた。司法試験の合格者数の増加につながりそうだ。
早ければ2015年実施の司法試験から適用される。

06年に始まった現行の司法試験制度では、初の制度見直しとなる。

法務省によると、司法試験受験資格を得た後、勉強時間を確保する目的で、年1回の司法試験をすぐには受験しない「受け控え」が目立っている。だが、13年実施の司法試験をみると、法科大学院修了直後の受験生の合格率が39%であるのに対し、09年修了の5年目の受験生は7%と、受験が遅れるほど合格率は低下する傾向にある。このため、回数制限について、「受験生を必要以上に慎重にさせている」と疑問視する声が出ていた。

(2014年1月8日14時59分  読売新聞)

司法試験の受験回数制限は緩和されるのか?

現在の制度になっている理由

現在の制度の概要

現在、司法試験は、法科大学院修了者または予備試験合格者が、その法科大学院修了・予備試験合格後5年のうちに3回まで受験できることになっています。3回不合格になるか、5年経過すると、受験資格を失います。

制度の根源~司法制度改革審議会~

このような制度になっている根源を探っていきますと、まず、「司法制度改革審議会」(内閣に設置)の存在があります。2001年(平成13年)6月12日付けの「司法制度改革審議会意見書~21世紀の日本を支える司法制度~」、これは、今、非常に問題になっている審議会の意見書です。

法曹養成制度については、その意見書の「III 司法制度を支える法曹の在り方」に書かれています。受験回数制限については、

第三者評価による適格認定を受けた法科大学院の修了者の新司法試験の受験については、上記のような法科大学院制度及び新司法試験制度の趣旨から、3回程度の受験回数制限を課すべきである。なお、予備的な試験に合格すれば新司法試験の受験資格を認めるなどの方策を講じることとした場合の受験回数については、別途検討が必要である。

と書かれています。ここで「上記のような法科大学院制度及び新司法試験制度の趣旨」が何かということですが、受験回数制限の記述の前には、

 (1) 基本的性格 
 「点」のみによる選抜から「プロセス」としての新たな法曹養成制度に転換するとの観点から、その中核としての法科大学院制度の導入に伴って、司法試験も、法科大学院の教育内容を踏まえた新たなものに切り替えるべきである。

 (2) 試験の方式及び内容 
 法科大学院において充実した教育が行われ、かつ厳格な成績評価や修了認定が行われることを前提として、新司法試験は、法科大学院の教育内容を踏まえたものとし、かつ、十分にその教育内容を修得した法科大学院の修了者に新司法試験実施後の司法修習を施せば、法曹としての活動を始めることが許される程度の知識、思考力、分析力、表現力等を備えているかどうかを判定することを目的とする。 
 新司法試験は、例えば、長時間をかけて、これまでの科目割りに必ずしもとらわれずに、多種多様で複合的な事実関係による設例をもとに、問題解決・紛争予防の在り方、企画立案の在り方等を論述させることなどにより、事例解析能力、論理的思考力、法解釈・適用能力等を十分に見る試験を中心とすることが考えられる。 
 新司法試験と法科大学院での教育内容との関連を確保するため、例えば、司法試験管理委員会に法科大学院関係者や外部有識者の意見を反映させるなど適切な仕組みを設けるべきである。

 (3) 受験資格 
 法科大学院制度の導入に伴い、適切な第三者評価の制度が整備されることを踏まえ、それによる適格認定を受けた法科大学院の修了者には、司法試験管理委員会により新司法試験の受験資格が認められることとすべきである。 
 また、経済的事情や既に実社会で十分な経験を積んでいるなどの理由により法科大学院を経由しない者にも、法曹資格取得のための適切な途を確保すべきである。このため、後述の移行措置の終了後において、法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度の趣旨を損ねることのないよう配慮しつつ、例えば、幅広い法分野について基礎的な知識・理解を問うような予備的な試験に合格すれば新司法試験の受験資格を認めるなどの方策を講じることが考えられる(この場合には、実社会での経験等により、法科大学院における教育に対置しうる資質・能力が備わっているかを適切に審査するような機会を設けることについても検討する必要がある。)。 
 いずれにしても、21世紀の司法を支えるにふさわしい資質・能力を備えた人材を「プロセス」により養成することが今般の法曹養成制度改革の基本的視点であり、およそ法曹を志す多様な人材が個々人の事情に応じて支障なく法科大学院で学ぶことのできる環境の整備にこそ力が注がれるべきであることは、改めて言うまでもない。 

という記述がありますので、要するに、これからの司法試験は、法科大学院での教育効果をチェックする趣旨であり、せいぜい3回のチェックまでで合格しなければ法科大学院の教育により法曹適格性を身につけたとはいえない。ということを言いたいのだと思われます。

そして、司法制度改革審議会の議事録を探ると、35回議事録(2000年(平成12年)10月24日開催)に、

【佐藤会長】有り難うございます。

先ほど既に出ましたけれども、このまとめにもあるんですが、新司法試験についてはプロセスを大事にするということにも関係して、受験回数を3回程度に制限するということを考えるべきではないか。滞留するとまたいろいろ問題が出てくる。ちゃんと教育を受けて、3回とも通れないというのはいかがなものかということですね。その辺はよろしいでしょうか。

【曽野委員】それについては何年以内にというのは設けないんですか。せめて何年以内に3回と決めておく。

【佐藤会長】制度設計としては、試験時期が問題なんですけれども、そこで試験をまず受ける。そして、通らなければ次回。受験者はいろいろなことを考えるんでしょうね。

【井上委員】普通では続けて受験するということでしょう。時間を置くと法科大学院での教育の効き目も薄らいできますから、余り後になると多分受からないだろうと思うのですけれども、確かにおっしゃるように、飛び飛びに受けるという人が出てくることは考えられますね。その辺は、具体的な制度設計の段階で、考えてもらうということではいかがでしょうか。

【藤田委員】受験回数の制限は、学生たちの関心が非常に強くていろいろ質問に来るんですが、以前、敗者復活みたいな話がありましたね。何年か期間を置いて再度の挑戦を認めるとか、そういう議論は全くなかったんでしょうか。

【井上委員】余り期間を置きますと、プロセスによる養成というものの効果がなくなりますので、もう一回プロセスをやり直してくれと言わざるを得ないんじゃないかと思いますね。

【藤田委員】分かりました。

【佐藤会長】教育の中身も変わっていくかも分かりませんしね。

実際に具体的に考えるときに、曽野委員のご指摘も含めて考えさせていただきたいと思います。

とあり、軽く議題に上っています。35回司法制度改革審議会は、審議会の中間報告のとりまとめの時期でしたが、中間報告(2000年(平成12年)11月20日)を確認してみると、

新司法試験については、上記のような法科大学院制度及び新司法試験制度の趣旨から、3回程度の受験回数制限を課すべきである。

と、すでに最終意見書と同様のことが書かれているわけです。

では、これを言い出したのは誰(どこ)なのか、さらに議事録をさかのぼると、集中審議第1日議事録(2000年(平成12年)8月7日)が発見されます。

この集中審議第1日には、文部科学省に設置された「法科大学院(仮称)構想に関する検討会議」(小島武司座長)の審議状況についての報告がなされています。

ここで、小島座長は、「法科大学院制度及び新司法試験制度の趣旨を考えると、3回程度の受験回数制限を設けることが合理的と考えます。」との発言をしています。

この発言の根拠を探るため、法科大学院(仮称)構想に関する検討会議の議事録を検索しました。すると、唯一第8回議事録(2000年(平成12年)7月31日)に記載があり、小島武司(座長)、井田良、伊藤眞、加藤哲夫、田中成明、金築誠志、川端和治、清水潔、房村精一、井上正仁、鳥居泰彦、山本勝、吉岡初子の各氏出席によりなされた意見交換の場で、

現行試験の受験回数制限については、弁護士会は、厳しい競争試験のうえ、さらに回数制限を行うことには弊害が多いため強く反対してきたが、司法試験が資格試験化し、相当割合が合格するのであれば、それに合格しないような者について制限をしても問題はないという考え方から方針を転換したものである。したがって、「現行制度についての反省及び法科大学院制度の趣旨を考える」という理由で回数制限を認めるという意見は少なくとも弁護士会には全くなく、「相当割合が合格する試験であることを考える」という内容に直すべきではないか。

とか

司法試験の受験回数の制限については現行制度に対する反省というよりも、「法科大学院制度及び司法試験制度の趣旨から考えると」とするべきではないか。

という意見が出されていて、この時点で、受験回数制限について、文部科学省側の会議の案に取り入れられていたことがわかります。このうち、1つ目の意見については、発言者が記録されていないようですが、発言の趣旨からすると、当時の日弁連副会長川端和治氏の発言であると推測されます。

話を司法制度改革審議会集中審議に戻します。司法制度改革審議会集中審議では、上記文部科学省検討会議の状況報告を受け、議論がなされています。受験回数制限については、井上正仁氏(学者)の発言があります。

今の司法試験の合格率が3%ということになってきたのは、一つは、オープンな性格の試験であるがゆえに受験回数の制限というのができなかったということもあるのですね。その辺は、今度はこういう丁寧な教育をした上で選別をするということで、受験回数の制限を最初から掛けていこう。それによって、たまってくる人は一定限度に抑えられるだろうという制度設計になっている。その点をまず指摘させていただきます。

この井上氏の発言は、わりと率直なもので、滞留者の増加を抑えたいがための制度設計であるということです。

さらに議事録をさかのぼり、回数制限についての言及を探すと、第8回議事録(1999年(平成11年)12月8日)に、原田明夫法務事務次官の発言として、

 司法試験の改革の話を、先ほどちょっと触れました。これは、ここの委員でもおられる中坊先生が日弁連の会長をなさっているときに、大きな転換を遂げました。司法試験の改革は本当に難しかったんですが、いろんな意見を集約して、とにもかくにも人数を、それまで500人くらいに据え置かれていた司法試験の合格者の数を700人にし、やがて800人にする。そして、そのための改革をやっていただきました。そのためには、実は合格枠という新たな設定をいたしました。これはある面で評判が悪かったんです。というのは、司法試験の合格者の年齢がどんどん高くなっていくわけです。そして、何年も何年も掛かるということになっております。これは、社会的問題にさえなってまいりましたのは、諸先生方も御承知のとおりでございます。そこで、一つの考え方として、一部の先生方、これは私大の先生方が多いんですが、もう回数制限をしてくれと。3回でもいい、5回でもいい。そうしないと、学生がかわいそうだと。一旦足を取られたら抜け出せないと。回数を制限してくれれば少し変わるんじゃないかという意見もございました。

 しかし、これに対しても、やはり学生諸君、または人材の中には、じっくり勉強して、だんだん育っていく人たちもいるわけでございますから、回数で、あるいは年齢で制限するのは問題だと。ですから、せめて、増やす200人分くらいは、3回の回数にいたしましょうということでつくったのが合格枠です。

 これもいろいろ考え方があって、憲法違反ではないかという意見もございました。その当時、憲法学者の先生方にも意見を聞きましたが、必要な場合に、その取り扱いさえ合理的で、かつ平等ならば、ある種の枠を考えるということも必要ではないか。必ずしも憲法違反とは言えないという考え方を示していただいて、そのような制度を採った。その結果、司法試験を受けようという学生の数が戻ってまいりした。そして、また、若い人たちも受かると同時に、例えば主婦の方とか、ある程度仕事をした方が、司法試験を目指して勉強して、3回目くらいですっと入ってくる人たちが増えてきました。

 私は、ある有名な政治家の方の息子さんのお嫁さんが、子育てが終わって試験を受けて合格して、非常にいい感覚を持って修習をしてくれるのに出会って、こういうこともあるんだなと思いました。ですから、私は、合格枠制も一つの使命を果たしてきたと思います。しかし、そのことはまた、それをこれからどうやっていくかということも、全体の法曹人口問題を考える中で、どうぞお考えいただかなきゃならないことだろうと思います。

というものがあるほか、第15回議事録(2000年(平成12年)3月14日)に小津博司法務大臣官房人事課長が

我が国の司法試験は、受験期間の長短や受験回数にかかわりなく、すべての人に全く同じ試験をいたしますので、長期受験者が非常に多くなった状況の中でどういう試験の運営をしたら、こういう能力を実質的にも公平に安定して選抜することができるのかということにつきまして、管理委員会と考査委員の先生が苦慮し続けてきたと申し上げてよろしいかと思います。

と述べています。

今回は、これ以上さかのぼりませんが、要するに、旧来の受験者滞留状況を打破し、法科大学院中心の法曹養成制度とするため、その一環として受験回数制限が導入されたといってよいでしょう。

受験回数制限の緩和の発想が出てくる理由

こうやって導入された受験回数制限を緩和する発想はどこから出てくるのでしょうか?

これを言っているのは,内閣に設置された法曹養成制度検討会議(佐々木毅座長)です。この会議の取りまとめ[pdf](2013年(平成25年)6月26日)は,次のように言っています。

○ 受験回数制限制度は維持した上で,法科大学院修了又は予備試験合格後5年以内に5回まで受験できるよう,その制限を緩和するべきである。

この理由は,次のとおりだそうです。

・ 受験回数制限制度は,旧司法試験の下での問題状況を解消するとともに,プロセスとしての法曹養成制度を導入する以上,法科大学院における教育効果が薄れないうちに司法試験を受験させる必要があるとの考え方から導入したものである。この点について,法科大学院の教育状況が目標としていたとおりにはなっていないことや法科大学院修了後5年の間に合格しない者が多数いることなどから,受験回数制限自体を撤廃すべきであるとの立場もあるが,受験回数制限を撤廃して旧司法試験の下で生じていた問題状況を再び招来することになるのは適当ではなく,また,法科大学院修了を受験資格とする以上は法科大学院の教育効果が薄れないうちに受験させる必要もあると考えられる。さらに,法曹を目指し,司法試験を受験する者の多くを占める20歳から30歳代は,人生で最も様々なものを吸収できる,あるいは吸収すべき世代であり,本人に早期の転進を促し,法学専門教育を受けた者を法曹以外の職業での活用を図るための一つの機会ともなる。したがって,受験回数制限を設けること自体は合理的である。

・ 受験回数については,現行制度は,3回程度の受験回数制限を課すことが適当と考えられ,その上で,受験生が特別の事情で受験できない場合があり得ることも考慮し,5年間に3回受験できることとされている。

・ もっとも,現在,多くの受験生がより多くの回数受験することができるものとすることを求めている。そもそも,受験回数制限制度において制限される回数については,3回とすることが必須であるというものではなく,その制度の趣旨に反しない限度であれば,受験回数制限を緩和することも考えられる。この点に関し,これまでの司法試験の結果によれば,法科大学院修了直後の者の合格率が最も高く,受験期間が長くなるにつれて合格率が低下する傾向にあるところ,受験期間を維持するのであれば,この傾向に与える影響は大きくないと考えられる。また,受験期間と受験回数との差がない方が,受験資格があるのに受験を控えるようなことはなく,全ての受験者が法科大学院教育の効果が最も高いときから間断なく受験することになるとの利点もあると考えられる。さらに,受験回数制限を緩和し,受験期間内において司法試験を受験できることとすれば,単年合格率が低下し,更に志願者を減少させるおそれがあるとの意見もあるが,受験回数制限を緩和しても受験期間の途中で司法試験を受験しなくなる者も一定数いることが想定されることからすれば,単年合格率の低下は一定の範囲にとどまると考えられるし,累積合格率はほとんど低下しないものと想定される。また,今後,制度全体の改善を図ることによって,法曹志願者の減少を防ぐことは可能であり,むしろ,受験回数制限を緩和し,5回まで受験できるとする方が法曹を志願しやすい環境につながると考えられる。以上のことから,受験回数制限制度は維持した上で,法科大学院修了又は予備試験合格後5年以内に5回まで受験できるよう,その制限を緩和することとするべきである。

「旧司法試験の下での問題状況」とは,受験生の滞留と合格率の低下のことでしょうか?

「プロセスとしての法曹養成制度を導入する以上,法科大学院における教育効果が薄れないうちに司法試験を受験させる必要があるとの考え方」ということは,導入当初はっきりと言われていなかったと思います。まぁ,とにもかくにも「プロセスとしての法曹養成制度」(もったいぶっていますが,要するに法科大学院のことです)を維持するためには,法科大学院を出てすぐの者だけに受験資格を限定しないと,大変なことになるよ,ということですね。

それで,「現在,多くの受験生がより多くの回数受験することができるものとすることを求めている」,「むしろ,受験回数制限を緩和し,5回まで受験できるとする方が法曹を志願しやすい環境につながると考えられる」ということが,回数制限の回数を3回から5回に増やす理由のようです。

井上正仁氏は回数制限緩和に反対

議事録をざっと読んでいると,法曹養成制度検討会議の構成員の中でも,賛否は分かれていたようです。詳しい議論は,第6回議事録(2012年(平成24年)12月25日)をご覧下さい。

回数制限の緩和に賛成の立場から発言をしているのは,清原慶子氏(三鷹市長),丸島俊介氏(弁護士),松野信夫氏(法務大臣政務官,民主党参院議員),岡田ヒロミ(消費生活専門相談員),国分正一氏(医師)であり,和田吉弘氏(弁護士)は「法科大学院修了を司法試験の受験要件から外すべきだ」というのが持論であるが受験要件を維持する前提であれば回数制限の緩和に賛成。

回数制限の緩和に反対の立場から発言をしているのは,井上正仁氏(学者),田中康郎氏(元裁判官,現学者)。

回数制限の緩和に消極的な発言をしているのは,伊藤鉄男氏(元次長検事,現弁護士),久保潔氏(元読売新聞),鎌田薫氏(学者,早稲田大学総長)。

意見を留保しているのは,萩原敏孝氏(小松製作所特別顧問)。

こうやって,意見が出された後,パブリックコメントを募集する際の「中間的取りまとめ」を出すにあたって,出てきた案というのが,まず,

○ 受験回数制限制度は維持した上で,制度の趣旨も踏まえつつ,その制限を一定程度緩和することが適当かどうか,更に検討する。

というもの(第11回議事録(2013年(平成25年)3月27日),第12回議事録(2013年(平成25年)4月9日)参照)。

これが,第11回,第12回で議論がほとんど深まらないまま,中間的取りまとめ[pdf](2013年(平成25年)4月9日)に反映されました。

会議の結論

第13回事務局提出資料[pdf]の資料2には,パブリックコメントの結果につき,次のとおり書かれています。

◎ 司法試験の受験回数制限につき,現行の制度を維持すべきであるとするもの,おおむね5年間に5回までに緩和(期間制限を維持し,回数制限を廃止する。)すべきであるとするもの,一切の制限を廃止すべきであるとするものが主に見られた。

ひどく羅列的なまとめ方になっていますが,こうなったのは,パブリックコメントを集めた結果,法科大学院を中心とする法曹養成制度への疑問が数多く寄せられたため,また,司法修習生への給費制復活を求める意見が数多く寄せられたため,意見の通数で優勢・劣勢を表現して結果を報告することが「危険」であると考えたからであると思われます。

受験回数制限については,意見の多寡を発表しても問題は生じなかったでしょうが,一律の扱いにしないと,法科大学院を強制する制度や給費制の問題について,パブリックコメントの結果を隠蔽しているかのように受け取られるからです。

実際には,受験回数を緩和すべきであるとした意見が多かったようです。

結局,法科大学院強制制度という根本問題や司法修習生への給費・貸与の問題については,パブリックコメントの意見の多さや内容は実質無視される形になりましたが,なぜか受験回数緩和についてだけ,パブリックコメント直後に「座長試案」が出される形で,一気に進展してしまいます(第13回事務局提出資料[pdf]の資料10~13)。

第13回議事録(2013年(平成25年)5月30日)では,井上氏が次のように発言しています。

○井上委員 すみません,これから授業があるものですから。簡単に2点だけ申させていただきますと,受験回数制限の緩和については,既に御意見を申し上げ,現行の制度を維持することに合理性があるということは述べてきたところですので,繰り返しませんが,仮にこの案のように,制限緩和というのが皆様の大方の意見であり,そういうまとめになるとしましても,その実施時期と経過措置については,十分慎重な配慮が必要だろうと思います。と言いますのは,今日お示しいただいたシミュレーションを見ましても,どのぐらいの幅になるかは別として,ようやく司法試験の合格率が下げどまりになって,これから徐々に上がっていく見込みが出てきたところですので,これを更に下げる結果となるようなことは,できる限り避けていただきたいからです。法科大学院志願者の減少については,弁護士の就職難が最大の理由だという御意見があったり,他の理由を上げる人もいますけれども,やはり,その大きな原因の少なくとも一つ,あるいは私などは最大の要因だと思っていますけれども,司法試験合格率が低迷しているということだと思うのですね。その点についての配慮が必要ですので,経過措置については,この案の①のほうが下げ幅が狭いので,そちらの方法を採る。実施時期についてもこのシミュレーションの結果などを踏まえて,いつから実施するかということについては慎重に検討していただきたいというのが1点目です。
2点目は,試案に盛り込まれていない部分ですけれども,予備試験について,何らかの方向を出すのは時期尚早だとされているわけですが,事態は非常に急速に,かつ広範囲で進行し深刻化しているのは紛れもない事実ですので,様子を見ながら検討するということで結構ですけれども,これも法的措置の検討などと平仄を合わせて,今後2年間で何らかの措置が必要かどうか,必要だとすればどうするかということを検討し,結論を出すということとしていただきたいと思います。

また,第14回議事録(2013年(平成25年)6月6日)では,井上氏が次のように発言しています。

○井上委員 受験回数の緩和については,私は反対ですけれども,その議論を繰り返すことはいたしません。ただ,この理由づけのところ,見え消しの18ページで,受験回数制限を緩和すると合格率が低下し,志願者が減少することにつながるのではないかという意見もあるが,の後ですが,受験回数制限を緩和しても云々という部分,これは前はこういう指摘もあるという文章だったのを,検討もせずにそのまま本会議の認識のように書かれてしまっているわけですが,結論を正当化するためにここまで書かざるを得ないのか,正直疑問に思います。特に,途中で司法試験を断念する者が相当数いることが想定されることからすれば,というのは,希望的観測に過ぎない。もちろんいることはいるだろうとは思いますけれども,相当数いるとまで言っていいのかどうかですね。御提案としては,そのような者もいること
が想定される,とするか,それでは勢いが出ないとすれば,少なくとも「相当数」を「一定数」と改めるべきだと考えます。結論として,回数制限緩和には反対ではありますけれども,この際ひっくり返すようなことは言いませんので,理由はもっと丁寧に書いていただきたいと思います。

第15回には,自由民主党司法制度調査会からの法曹養成制度についての中間提言[pdf]が提出されました。この4ページには,次のように書かれています。

現在は,5年間で3回と限定されている受験回数制限について,特に法科大学院生からは不安の最大の要因になっているとの声があった。このような制限は必要限度を超えており,まずは5年間で5回の受験を認めるべきである。

また,公明党法曹養成に関するプロジェクトチームが作った法曹養成に関する提言[pdf]も提出されましたが,7ページには次のように書かれています。

法科大学院を中核とするプロセスとしての法曹養成制度の下においては,司法試験は法科大学院教育における学習の成果を確認する試験と位置付けられるべきものから,これについて受験回数制限を設けることは適切である。しかし,現状の低合格率の下,法科大学院修了後5年以内に3回という回数制限を「有効に」活用するため,法科大学院を修了しても意図的に司法試験を受験しないという「受け控え」といわれる回数制限の趣旨に反する現象が広く生じている。このような現状を踏まえるならば,司法試験の受験回数制限については,法科大学院修了後5年以内に5回まで受験できるものと緩和することが適当である。

このように自公両党から意見が出されていることにつき,第15回議事録(2013年(平成25年)6月19日)で清原慶子三鷹市長は,次のように言っています。

そこで,1点目,「受験回数制限を5年間に5回」としたことは,本日紹介されました自由民主党及び公明党のそれぞれの提言でも書かれていることであり,意を強くしたところで,このことについてはなるべく早く実現できればと願っています。

そして,最終的に,「受験回数制限制度は維持した上で,法科大学院修了又は予備試験合格後5年以内に5回まで受験できるよう,その制限を緩和するべきである。」という取りまとめ内容に至ったものです。

受験回数制限の緩和は実現するか?

このように政府案としてお膳立てされ,与党である自公両党が推進している方向の変更ですから,今年1月召集の通常国会で法案が成立すると考えるべきでしょう。

会議体に日弁連が派遣している構成員も賛成するくらいですから,民主党,共産党など野党がほとんど賛成する可能性も高いと思います。みんなの党(結いの党)は司法改革に一家言あるようですが,反対するかどうかは何とも言えませんし,人数が少なすぎます。

この後説明しますが,この緩和により,法科大学院の足もとはさらに揺らぐことが予想されます。そんなことは,少し考えればわかることであるのに,法科大学院寄りの構成員の意見を排斥しても受験回数制限の緩和という方向へ行くのですから,政治的に何らかの推進力がかかったものではないかと,私は考察しています(文部科学省の内部にもいろいろあるのかもしれません)。

司法試験の受験回数制限により,何かが好転するのか?

結論

しません(断言)。

理由

井上正仁氏が言うように,この変更は,年ごとの司法試験合格率を低下させる可能性が非常に高いです。

途中で司法試験を断念する者が相当数いることが想定されることからすれば,というのは,希望的観測に過ぎない」と井上氏が言っていますが,まったくそのとおりです。

そして,自民党の意見書の中に書かれている「5年間で3回と限定されている受験回数制限について,特に法科大学院生からは不安の最大の要因になっているとの声があった」ということ。このような不安除去を受験回数制限維持&緩和の正当化根拠とするのは,完全に間違いです。3回でも5回でも不安なものは不安です。むしろ,4回目(4年目)・5回目(5年目)になると,余計不安です。おそらく,これは,自民党が法科大学院生の意見を曲解して採り上げているのだと思いますが,本当に法科大学院生がこのように言っているとすれば,不安の先送りばかり考えて冷静さを欠いているのではないかと思います。

よって,井上氏が危惧するところは当たっていて,司法試験や法科大学院への志望者を回復するどころか,減らす施策であるといえます。少なくとも,割合的に,志望者の中のまともな人が減り,まともでない人が増える,そんな施策です。

うまくいかないとすればどうなるか?

一旦5年5回にしてしまったら,5年3回に戻すのは非常に難しいので,つらい状況が続くだけでしょう(本当は,3年3回にすれば少しはまともになるでしょうが,政治的に無理でしょう)。

5年5回の「先」の問題が出てくる頃までには,法科大学院をいくつか取りつぶしてみたり,予備試験の受験を制限してみたり,いろいろやるかもしれませんが,制度上法科大学院への進学を強制している限り,好転はしないでしょう。「法科大学院修了者で司法試験に合格しない(受験しない)人」というのが「学部卒」よりも就職市場において価値が出てくれば話は別ですが。

ちなみに

ちなみに,私の持論は法科大学院強制制度を撤廃し,誰でも受験できるようにすること,その上で司法試験合格者数はある程度のボリュームを保つことです。

回数制限は…,いつ方針転換するかは,自己責任,自己決定なんじゃないのかなと思います。というか,もう,法曹資格を持っているだけでどうにかなるという時代ではないわけで,法曹資格を持っているいないにかかわらず,どうやって仕事をしていくかということを真剣に考えた方がいいんじゃないかと思うのです。

弁護士の「専門」とは?

「専門」を名乗る弁護士が増えている

昨今は、インターネット上で、専門性を謳う弁護士が多く見られます。

専門表示が多い分野は?

昨今多い専門表示は、「離婚専門」と「交通事故専門」の2種類です。

離婚については、「離婚弁護士」という自称の仕方もあります。要するに、離婚問題ばかりを扱っているとか、離婚問題を扱う割合が非常に高いとか、離婚問題に相当注力している、という自己紹介です。

交通事故というのは、交通事故後の示談交渉や訴訟を引き受ける、ということです。

最近は下火ですが、過払い・債務整理の専門性を誇る事務所・弁護士も多いようです。

また、これまではほとんど見られませんでしたが、最近では、「刑事専門」を謳う事務所も出現してきました。

実際にはどうなのか? ~本当に「専門」なのか~

実際のところ、「専門」と表示していても、そればかりをしているという弁護士はかなり少ないように思います。

世の中には、ある分野の仕事だけに集中している弁護士もいますが、そうした弁護士の多くは、仕事の供給元も相当程度固定化しているので、外部へ向けて「専門」を自称する機会があまりありません。

一般的には、弁護士ごとに、「○○パーセントが××の案件、○○パーセントが▲▲の案件」というような傾向の差はありますので、それぞれの弁護士において、何らかの仕事についての経験や手持ち案件が多い、ということは言えるものと思います。

特に、地方の弁護士は、基本的に何かに特化していません。地方で弁護士をしていると、自然といろいろな法律相談を担当し、いろいろな依頼を受任することになるからです。

ですから、地方で弁護士をしていて、「何が専門ですか?」と聞かれると、なかなか答えづらいものがあります。たとえば、医者が「耳鼻咽喉科」や「産婦人科」や「心療内科」に所属していれば、基本的にその科に関係する患者さんが来て、問診をして診察することになるわけです。そういうのに比べると、○○の案件が多めというだけで「○○専門」と言っていいものかどうか、たいへん迷ってしまいます。

インターネット時代の傾向

ただし、上の説明は、だんだんと不正確になってきているかもしれません。インターネットの普及によって、それぞれの弁護士が見知らぬ人に向けて、受任したい事件をアピールすることができるようになっているためです。

たとえば、離婚事件の経験がごく少なくても、離婚事件を他に今やっていなくても、離婚事件の集客をすることが可能です(その際、離婚専門と自称するのは間違っていると思いますが、力を入れたい分野とか鍛錬している分野としてアピールすることは問題ないはずです)。

そうして、結果的に、受任する案件の多くが離婚事件になったとして…。そうすると、客観的に「離婚専門弁護士」と言ってもおかしくない状態にはなります(受けている案件が多いだけで本当に「専門」なのかという問題はありますが)。

これは、交通事故や刑事事件など、他の分野でも言えることです。

弁護士探しにおいて注意すべきこと

客観性が担保されていない「専門」表示

日弁連では、専門表示は客観性が担保されていないことから、「現状ではその表示を控えるのが望ましい」としています(参考サイト 小松亀一弁護士「弁護士業務広告規程ガイドライン(運用指針)全文紹介3」)。

要するに、現状で「専門」を名乗るために必要な要件があるわけではないのです。

そのような状況で、各自の判断で「専門」を自称しているわけです。

同じ事務所や同じ弁護士が「交通事故専門サイト」「過払い金専門サイト」「離婚専門サイト」「相続専門サイト」など、複数のサイト(ドメインが違っていたりする)を運用しているのは、それぞれの弁護士が自己責任において自称できるからです。

そもそも、「専門」弁護士を選ぶべきか?

もっと大事なことがある?

そういう意味では、今は、特に都市部においては、注意して探せば、ある種類の案件を中心に取り扱っている弁護士を探し当てることはできるはずです(しょせん「専門」は自称可能ですので、相談のときにしっかり確認することが前提になりそうですが…)。

しかし、ある種類の案件をたくさん扱っているからといって、その案件の処理について適切な処理を受けられるかというと、必ずしもそうではないと思います。

確かに、同じ種類の案件をたくさん扱っていれば、他の案件での経験を生かして手慣れた処理がされる可能性は高いといえます。その点は比較的安心だろうと思います。ただ、最も重要なのは、依頼する弁護士との意思疎通をしっかりできるか否かなのです。また、あなたの案件に労力をしっかり振り向けてもらえるかということも重要です。

「専門」表示は参考程度に

ここまで書いてきたように、○○専門という表示をすることについて明確な規制はありません。また、たとえば「離婚が得意」「交通事故が得意」という表示については、もしかすると弁護士が自分でそう思っているだけ、ということもありえます…。

そして、「専門」というのが嘘ではないにしても、どこまでその種類の仕事に集中しているのかは、なかなか確かめにくいところです。

ですから、あまり「専門」を追い求めても、得るものは大きくないのでは、と思います(特に、インターネット上では、定型的な宣伝サイトも多いので、客観的な比較が困難)。

それから、繰り返しますが、弁護士に依頼するにあたって大事なのは、「意思疎通」、「労力の振り分け」です。依頼する案件がどういう種類のものなのかにもよりますが、専門性の高さ低さについて弁護士を比較するよりは、弁護士の人格や事務所の態勢を判断し、実際に依頼したときの受任態勢を確認するほうに力を注いだ方がいいのではないかと思います。

保釈とは?

保釈とは?

前提知識

  • 起訴(公判請求)… 検察官(検事など)が裁判所に正式な刑事裁判を提起すること
  • 被告人 … 起訴(公判請求)された者 (なお、民事訴訟で訴えられた者は「被告」という)
  • 被疑者 … 捜査機関により、罪を犯したとの嫌疑を持たれている者
  • 逮捕 … 被疑者の逃亡や罪証隠滅を防止するため身体を拘束する処分(裁判所解説
  • 勾留 … 被疑者・被告人の逃亡や罪証隠滅を防止するため身体を拘束する処分 (裁判所解説

保釈とは?

対象は「勾留されている被告人」

逮捕から引き続き勾留されている被疑者は、その勾留中に起訴(公判請求)されて「被告人」の立場になった場合、基本的にそのまま勾留され続けます。

起訴後の勾留は、被告人が刑事裁判を受けるにあたって、証拠隠滅や逃亡を図るおそれがあるとして、それらを防止するためになされるものです。

しかし、証拠隠滅や逃亡を図るおそれがある(と裁判所が考えた)場合であっても、裁判の結論が出るまで身体拘束を受け続けなければならないのは過酷です。そこで、刑事訴訟法により、保釈保証金を納付して、被告人の身体を解放する制度が用意されています。これが保釈です。

※ なお、身体のことを「身柄」と書く場合がありますが、やや人間の尊厳に反する言い方のように思えますので、ここでは「身体」で統一します。

保釈が認められる場合、認められない場合

保釈は、お金が用意できるからといって、必ず認められるわけではありません。裁判所が、「被告人に保証金を納付させれば、逃亡や証拠隠滅を防止できる」と考えなければ、保釈の許可は得られません。

お金が用意できるかできないかは、保釈の可否の判断には関係がない、と言ってもいいくらいです。(ただ、お金が用意できなければ、保釈が認められても保証金の納付ができないから、そもそも保釈請求をしない傾向にある、ということはあります。)

保釈保証金の金額は、保釈を許可するときに、裁判所が裁判所の判断で決めます。この額は、疑われている犯罪の軽重、被告人の経済状態などさまざまな事情を考慮の上で決められます。あまり重くない罪であっても、150万円から200万円程度とされる場合が多いです。

裁判所は、まだ裁判が始まっていない被告人(第1回公判期日前)については、証拠隠滅や逃亡のおそれがあるとして、保釈を認めない傾向にあります。第1回公判期日で被告人が罪を認めたようなときは、証拠を隠滅する可能性が大きく減る、と考えるわけです。

※最近、徳州会をめぐる刑事事件で、ある被告人が、被疑者段階の「勾留理由開示」の法廷で罪を認めるということがありました(参考記事)が、それから2週間足らず(第1回公判期日前)に保釈が認められました(参考記事)。本来は、「勾留理由開示」の手続は、罪を認めるということを言う場ではないのですが、この被告人(被疑者)の弁護人は、早期保釈を実現するため、公開の場を利用したのではないかと思われます。

弁護士(弁護人)の立場からすると、「認めれば出られる」・「認めなければずっと出られない」、という捜査機関のやり方(人質司法といわれます)を裁判所も踏襲しているように見えてあまり望ましい傾向とは思いませんが、現実の運用を踏まえて対処するのも弁護士の仕事としては重要です。

保釈保証金の貸付制度について

このような中、民間業者が、保釈保証金の貸付事業を始めました。大雑把にいえば、被告人の家族などが借り入れをして、そのお金を裁判所に納める、というわけです。また、そのような状況を憂慮して(対抗して?)、全国弁護士協同組合連合会が「保釈保証書発行事業」というものを始めました。

このような制度の利用にはリスクが伴うこともあります。特に、被告人本人以外があまりにも大きなリスクを負うことのないよう十分注意すべきです。

保釈と釈放の違い

最後に、よく混同されている「保釈」と「釈放」の違いについて、ご説明します。

保釈とは(おさらい)

保釈については、ここまで述べたとおりです。起訴後に勾留されている被告人について、裁判所が保釈保証金の納付と引き換えに身体解放することをいいます。

釈放とは

これに対し、釈放は、身体解放を総称した呼び方です。

特に、検察や警察といった捜査機関が被疑者の身体を解放することを釈放と呼ぶことが多いです。たとえば、逮捕や被疑者勾留のあと、処分を決めないで身体解放することを、「処分保留で釈放」と表現します。

ですから、釈放となり、家に帰れることになっても、それだけで罪に問われないということを意味しません。釈放は、あくまで、身体が解放される、ということだけを指すからです。

家庭裁判所の調停で注意すべきこと

どんなときに家庭裁判所で調停をするか?

家庭裁判所で調停(家事調停)をするのはどのようなときでしょうか?

これは、一言でいえば、「家族関係・血縁関係についての話し合いをするとき」です。

夫婦間の話し合い

まず、多いのは、夫婦間の話し合いです。

夫婦間の話し合いの項目としては、離婚をするか否かについて、子の監護養育について、養育費について、婚姻費用について、親権者について、財産分与について、などがあります。

離婚が絡む場合は、離婚した後の話もしますし、離婚するまでの間についての話もします。

相続人同士での話し合い

次に多いのは、相続人同士での話し合いです。

誰かが亡くなったときには、誰がどのように財産を相続するか、遺産相続(遺産分割)の話をしなければなりませんが、その話し合いがまとまらないことがあります。

そのようなときは、家庭裁判所で、調停を開き、話し合いをすることになります。

それ以外の調停

それ以外にも、子どもの認知、親子関係の不存在確認、夫婦円満などの調停があります。

誰が調停に参加するか?

  • 申立人(話し合いをしたいと言っている側)
  • 相手方(話し合いの相手)

申立人・相手方とも、1人でもいいですし、複数でもかまいません。ただし、裁判所の手続費用は増加します。このほか、「利害関係人」といって、紛争に関係すると思われる人が参加する場合もあります。

よく、離婚の話では、親御さんが当事者の代わりに話をしたがることがありますが、裁判所の手続上は、当事者本人(または付き添っている弁護士)が意思を述べるのが大原則になります。よって、事情にもよりますが、多くの場合は、親御さんの関与は待合室のご同行までです。

話し合いはどのように行われるか?

別席調停が多い

事案の種類にもよりますが、調停に持ち込まれる事案は、争いがあって同席をすることが難しい場合が多いので、別席調停となることがほとんどです。

ただし、平成25年から始まった家事事件手続法の運用では、基本的に同席でするとされている事柄もあります。東京家裁は、つぎのとおり説明しています。

調停期日の始めと終わりに,双方当事者本人が調停室に立ち会った上で,裁判所から,手続の説明,進行予定や次回までの課題の確認等を,また,成立・不成立等により事件が終了する際の意思確認を行います。これは,家事法制定の趣旨の一つである,調停手続の透明性の確保の観点から,主体的な合意形成の前提となる,手続の進行状況や対立点,他の当事者が提出した資料の内容等について,両当事者と裁判所が共通の認識を持つための取り組みです。手続代理人が選任されている場合でも,出頭した本人に手続等の内容を理解して頂くために,代理人のみではなく,双方当事者本人に立ち会ってもらい確認,説明を行います。
ドメスティック・バイオレンス(精神的暴力,性的暴力も含みます。)等の問題が窺われる等により立ち会うことに具体的な支障がある場合は実施しませんので,そのような場合には,「進行に関する照会回答書」(2の書面)に具体的な事情を記載してください。また,一律,硬直的な扱いではなく,事案等に応じて柔軟に実施してまいりますので,ご協力をお願い申し上げます。

要するに、調停期日の各回において、始まりと終わりに、当事者全員が立ち会って、いろいろなことを確認します、ということです。

ただ、当事者のいずれかが難色を示した場合は同席させないで説明・確認をする場合も多いと思われます(平成25年以降、金沢家裁で私が関わった事件では、同席確認をしなかったことのほうが多いです)。

別席調停の方法

さて、別席調停の仕方ですが、多くの場合、申立人と相手方が30分程度ずつ交互に調停室に入り、調停委員2名(男女)と話をします。調停委員は、聞き取った話を元に、着地点を探ります。双方当事者が、調停室への出入りを繰り返す中で、調停委員と話をして、対立当事者との歩み寄りを模索するわけです。

多くの場合、1回の期日は2~3時間となります。その日に話し合いがまとまらなければ、次の日程を決めて、その日はおしまいになります。

どのような方が調停委員になっているのか、どんな形で調停が進むのかについては、NPO法人シニアわーくすRyoma21の上平慶一氏のエッセイを参考になさるとよいでしょう。

成立と不成立

何らかの形で話し合いがまとまった場合には、調停調書に、決まったことを書き記します。これを調停の「成立」といいます。

調停は、話し合いですので、話し合いが全くまとまりそうになかったり、どちらか一方がもう話し合いをしないと宣言すれば、「不成立」ということで、終わってしまいます。

不成立の場合には、そのまま終わってしまうものもありますが、事案によっては、「審判」の手続に自動的に移行します。

このほか、申立人が調停を取り下げた場合には、そこで調停は終わります。

調停で注意すべきこと

調停は、訴訟に比べれば、一般人でも申し立てやすい手続です。しかし、実は、弁護士でも一筋縄ではいかないことの多い手続です。

家事調停に臨むにあたって、どの場合でも注意すべきことを以下に書き出してみました。このほかにも、個々の事案ごとに、注意すべき事柄はあると思われます。

対立当事者が何を言っているのか正確に把握すること

別席調停では、調停委員を介しての話し合いにならざるを得ません。調停委員は、学識・経験を認められて裁判所から選ばれているのですから、基本的には信頼でき、対立当事者(申立人←→相手方)の言っていることをおおむね正確に伝えてようとしてくれていると思っていいのですが、それでも不正確な点が含まれることもあります。

調停委員は、和解を模索する役目がありますので、双方への伝え方を工夫されています。その中で、やんわり伝えようとしたり、調停委員なりの提案を付け加えようとしたりする中で、正確性が失われやすいと思われます。

よって、対立当事者の言っていることが正確に表現されていないのではないかと思ったら、率直に指摘して、再確認をしてもらったほうがよいです。

調停は口頭で進みますので、ボタンの掛け違いが起こったら、時間を浪費してしまいますし、合意できないような状況になってしまうこともありますので…。

不成立になった場合にどうなるかを常に考えること

調停は「話し合い」ですから、双方がYesと言ったことだけが調停調書の中身になるわけです。

しかし、だからといって、「自分の気に入らないことは全部Noだ」と言っていると、のちのち大変なことになる場合があります。

「調停で決まらないときには審判で決めなければならない」と法律上決められている事項について、調停が不成立になったら、誰かが「No」だと言っていても、家庭裁判所が審判をして決めてしまうことがあります。たとえば、結婚していながら別居しているときの婚姻費用であるとか、遺産分割がまとまらないときであるとかは、自動的に審判に移行します。

家庭裁判所の審判の内容は、調停で話し合いのされていたこととは原則無関係です。調停で話し合いが進んでいた内容とは全く異なる、意外な内容の審判が出されることもじゅうぶんありえます。

家庭裁判所が審判をすると、基本的にはそれに従わなければならなくなります。そうなってから「また調停に戻してほしい」と言っても、もう遅いということになります。即時抗告などの異議申し立ての手段もありますが、弁護士でも苦心する手続です。

ですから、もし調停が不成立になったらどういう展開になるか、ということを常に考えるべきだということになります。

調停調書の内容にこだわること

家庭裁判所の書記官は、最終的に調停での約束内容を記した書面を作ります。これを「調停調書」といいます。

調停調書の効力は、大きいものがあります。

たとえば、「AがBに毎月○○円支払う」という内容の調書になっていたときに、もしAがその額の支払いをしなければ、Bは家庭裁判所に申し立てて強制執行の手続をとることができます。

一般的な話し合い(裁判所での調停ではない)で上記のような支払い約束がされていても、すぐには強制執行をすることはできませんから、調停調書は強力です。

逆に言うと、調停の話し合いの中で「案」として出されていても、調停調書に書かれていなければ、「調停上の約束」ではないのです。

後日、「あのときの調停で、そういう話になったはずです。調停調書に書いてないのがおかしいのです。調停委員に聞いたり、調停委員のつけていたメモを見ればわかります」と言っても、手続上、調停調書ができあがるときに当事者みんなが内容をしっかり確認したことになっているのですから、難しいのです。

また、調停調書の文言(調停条項)の書き方によって、上記のような執行力(不履行の時に強制執行できる効力)をもつ場合ともたない場合に分かれます。

ですから、話し合いがまとまる方向で進んで、最後、調停調書を作るということになったら、内容にはこだわるべきですし、細かな言葉遣いにも注意を払うべきだということになります。

まとめ

  • 家事調停は、別席調停が多い。
  • 相手の主張、調停委員の提案など、正しく確認するよう努めたい。
  • 調停不成立の場合、審判に移行するかどうかを押さえておくべきである。
  • 調書の調停条項の書き方には細心の注意を払うべきである。

弁護士の探し方・見つけ方・選び方

変わってきている「弁護士の探し方・見つけ方」

変化のきっかけ=広告解禁

弁護士と依頼者とのマッチングについては、2000年に弁護士の広告が解禁され(それまでは日弁連の規定で自主規制されてきた)、インターネットを活用する弁護士が増えたことで急激に様相が変わってきています。

以下は、時事通信が配信した2000年9月30日の記事です。

弁護士広告、10月1日解禁=ネットで検索サービスも

 これまで原則的に禁止されていた弁護士の広告が10月1日、解禁される。今のとこ
ろ、多くの事務所が「周りの様子を見てから」としており出足は鈍そうだが、インター
ネットを使った検索サービスが同日、スタートする。いずれはテレビや折り込みのチラ
シを使って得意分野をアピールする広告も現れそうで、「敷居の高かった弁護士にアク
セスしやすくなれば」と期待が高まっている。
 日弁連はこれまで、「弁護士の広告は品位を落とす」などの理由で、氏名や弁護士登
録の時期などを除いて禁止。媒体も電話帳、看板、新聞、雑誌などに限定していた。

広告解禁前は、多くが、知人の知人といった人づてであるとか、事業者であれば事業者団体の関係などで、弁護士にたどり着き、たどり着いた弁護士にそのまま依頼するというのが通常パターンであり、つてがない人は弁護士会などの法律相談を利用して新しく弁護士と知り合っていたのでしょう。

そして、今でも、そうしたパターンは相当の割合を占めています(今では、国が設立した「法テラス」もあり、そうした機関で案内される法律相談を利用して弁護士を探すことが容易になってきています)。

しかし、その一方、テレビやインターネットなど、かつて使われていなかった媒体で弁護士(法律事務所)を知り、依頼にまで結びつくケースも確実に増えてきています。

テレビCMと弁護士

たとえば北陸では・・・

北陸(富山県・石川県・福井県)においては、地元の弁護士や法律事務所が単独でテレビコマーシャル(CM)を打つことは今のところほとんどありません。地元の弁護士たちは、全員が県別の弁護士会に所属していますが、所属の弁護士会がテレビCMを打つことはあります(石川県の金沢弁護士会はCMを打っています)。その場合、必然的に、「ご相談は、地元の弁護士会へ」という内容になります。

これに対し、事務所単体でテレビCMを打つのが、東京等に本部を置く法律事務所です。体感的に、石川県で最もCMが多いのは、弁護士法人アディーレ法律事務所です。ここは、東京に本部を置きつつ、金沢支店や富山支店を設置しています。他にもCMを打っている法律事務所がありますが、北陸には支店がない法律事務所も多いです。

また、法律事務所(弁護士の事務所)ではない「司法書士事務所」、「行政書士事務所」、「法務事務所」などがCMを打っているケースもあります。

どちらがいいのか?

テレビCMを打つ法律事務所(弁護士)がいいのか、そうでない法律事務所(弁護士)がいいのか?

これについては、福岡県の向原弁護士がわかりやすくまとめておられ、私もほとんど同感です。

日弁連の規定では、依頼者が弁護士に任せた仕事は、依頼された弁護士自身(または弁護士資格者からなる弁護士法人)が責任を持ってこなさないといけないことになっています。法律事務所の事務職員は、あくまで弁護士の仕事を補助する立場です。事務職員に仕事を振り分けすぎて、弁護士が個別の仕事の進捗を把握できなくなっているとすれば、その弁護士には問題があるといえます。

もちろん、CMを打って大量に受注する法律事務所(弁護士)でも、そのあたりをしっかりやっているところもあるでしょう。しかし、CMだけを見てもその法律事務所(弁護士)の事務処理体制はわかりません。CMはあくまで事務所が伝えたいイメージなのです。

以上からすると、テレビCMを出している事務所に案件を任せようとする場合は、正式に任せる前に、「どのように処理をしてもらえるのか、弁護士が案件にどれだけ関わるのか、案件の処理について聞きたいことが出たらどこに聞いたらいいのか」ということを確認した上で、できれば、地元の弁護士と比較して決めた方がいいということになると思われます。

では、地元の弁護士をどうやって探すか、見つけるか?

テレビ・新聞・電話「広告」ではわからない

地元の弁護士は東京等の弁護士事務所と違ってテレビCMを打たないし、新聞や電話帳などを見てもよくわからない。新聞広告や電話帳広告にも、何か実のある情報が載っているわけではないので…。

弁護士会や各種公的機関に相談に行っても、どんな弁護士が担当するか分からない。

そこで、どうすればいいでしょうか?

これについて、簡単に私の考えを書きたいと思います。

「広告」的な部分以外でのフィーリングの合い方を重視

今は、弁護士の人数が増え、特に若い弁護士が増えている時代ですので、地元のお知り合いをたどっていけば、意外と弁護士にたどり着く可能性もあるように思います。本来は、共通の知人がいれば、依頼する関係になってもコミュニケーションがとりやすいのです。ただ、そうは言っても、知り合いの知り合いに弁護士がいるかどうかは、人によるでしょうね…。

人づて・口コミといったところが難しいとなれば、どこかの相談担当弁護士に相談するか、またはインターネットを使うか、ということになります。

弁護士会、法テラス、市役所等の相談は、弁護士と知り合うきっかけにはなります。ただ、偶然出てきた弁護士と相談して、そこでの応対だけで、依頼するかどうか選べ(信頼できるか否か判断しろ)、というのは、本当は難しいことです。

これまで弁護士は情報発信をしなさすぎたきらいがありますが、少しずつ、弁護士にもインターネットでいろいろと書く人が増えてきました。そこで、普段からご自身の気になる話題などについて、インターネットで調べながら、その書き手がどんな人物かお知りになることがいいのではないかと思います。

そういう意味で、インターネットのサイト(ブログ等)のなかの、いかにも「広告」っぽいという部分以外から感じ取れるものがけっこう重要なのではないかなと思うのです。

ただし、インターネットでのコミュニケーションに限界があるのはもちろんのことです。文章を読むだけでは、どんな人かわからない、ということもあると思います。それに、ちゃんと法律相談しようと思えば面談しなければいけませんので、やはり一度面談で法律相談をした上で、信頼できるか最終的に判断して、委任するかどうかを決めればよいと思います。

(この関係で、まだ書き足りないところがありますので、また書きます。)