公文書管理、情報公開は重要である

昨今の国政の問題について、ここでは個別に議論しない。しかし、いずれも、どのような過程で情報が動き、決定がされたのかについて、「記録が残っていない」という言い方がされ、さらには記憶も語られず、事案の解明がなされないということが問題になっている。

国会が国政調査権を背景に調査しようとしても、政府は、情報がない・出さない、という対応に終始し、ついには、刑事裁判のルールを持ち出して「有罪であると主張する側に立証責任がある」という言い方をする政治家もいる。

そして、自分の身を賭す覚悟の者がいるかいないか、世論が盛り上がるか否か、選挙に影響があるか否か、というところで、問題解明の是非が大きく左右されてしまう。また、大臣が辞めるなどして世論の溜飲が下がれば(ガス抜きに成功すれば)真相解明はなされないことも多い。

マスコミも世論を背景にいい仕事をする場合もあるが、おかしな「一時的世論」を作り出し、乱暴な沙汰を招くこともある。

リアルタイムで公開すると行政運営に支障が出るということがあり同時代での公開が困難なものがあるとしても歴史的評価は受けるべきだ。将来の目を意識することで行政の正当性確保にも資する。

国民は、地味であっても、行政の正当性確保の取り組みをしっかり評価していかなければならない。

と、いうことで、公文書管理、情報公開の重要性に再度目が向くことに期待したい。公文書管理法は自民党政権で作られたものであるが、もう一度その意義に立ち戻ってほしい。

参考:

https://www.jimin.jp/aboutus/history/prime_minister/100316.html

第22代 福田 康夫

福田総裁時代

「公文書管理法」(後に麻生内閣で成立)は、公文書の保有はもちろん、政治や行政がいかなる経緯で実行されたのかを知ることは国民の当然の権利であり、民主主義の基本要件であるとの信念のもと、果断に立法準備を進めたのです。

憲法保障の重要性。憲法裁判所とは?

憲法で大切なのは憲法保障

自民党総裁(内閣総理大臣)が、今秋の臨時国会中に自民党の憲法改正案を衆参両院の憲法審査会に提出したい、そして、国民投票での可決を経て2020年に改正憲法の施行を目指したいとしています。

2018年9月に自民党総裁の任期満了、2018年12月に衆議院の任期満了、2019年夏に参議院の任期満了があるため、自民党の一部では、2018年か2019年の国民投票であれば国政選挙との同時実施を検討している向きもあるようです。国政選挙に適用される公職選挙法上の「選挙運動」規制と日本国憲法の改正手続に関する法律上の「国民投票運動」規制が全く異なるため、同日投票を行うとすれば収拾がつきにくくなると思われますが、同日投票の可能性を示すこと自体が政治的な意味を有する状況でありますので、昨今の政治の進め方からすれば、勢いで同日投票になだれ込む可能性もあるでしょう。

それはともかく、2012年12月の再政権交代以降(特に2015年から2016年の「平和安全法制」の審議を機とした民共接近後)の憲法をめぐる論議は、9条・安保体制の是非、第二次世界大戦直後の日本国憲法制定の是非、という論点がほとんどを占めているように思います。すくなくとも、国政選挙においてマスメディアが憲法を取り上げるのは、ほとんどこの文脈に限定されています。

さらには、昨今の自民党総裁やその周辺の人たちの発言によれば、憲法9条に3項を設けるか、憲法9条の2を設けるなどして、早く自衛隊の違憲性の疑義を解消するために憲法改正をしたい、ということのようです。

しかし、私は、初めての憲法改正にあたっては、憲法の役割に立ち戻った議論がなされるべきだと思っています。私が重視する憲法の役割というのは、憲法保障、特に、憲法に違反する立法行為や行政行為などを無効にすることができる違憲審査です。立法行為を無効にするということは、国会の多数決で決まった法律であっても、憲法に違反していれば、無効にできるということです。

多数決により法律が作られ、少数派になってしまった人たちの意見が通らないことがあります。それは、民主主義のルールではあります。しかし、常に多数の人の意見が絶対的通ってしまっては、少数派の基本的権利が侵害されてしまいます。それを食い止めるのが、法律を無効にする力を持つ憲法ということになります。

立法府への国民による議員の送り出し方、国政に関する情報の行き渡らせ方、国民の間での議論の仕方、などなど、さまざまな要素があるでしょうが、多面的に、そして深く熟した議論がなされずに、法律ができるということがしばしばあるように思われます。そうしたときには、法律により基本的な権利やそれに類するものが侵害される国民が出てくるおそれがあります。

日本国憲法における違憲審査の仕組み

現在の日本国憲法は、81条に最高裁判所の法令審査権を規定しています。次の条文です。

第八十一条
最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

現在の憲法は、この程度の規定ですので、どのような場合に裁判所が「憲法違反であるか否か」を審理してよいのか、明確に定められているとはいえません。しかし、我が国の憲法学説上、日本国憲法は、具体的な訴訟事件の解決にあたって必要な範囲で憲法に関する争点について判断をすることができるのだと言われています。このような仕組みを付随的違憲審査制と言います。具体的事件に付随した違憲審査という意味です。

具体的事件に付随しなくても、法律などの憲法違反を裁判所が判断できるようにしている国もあります。この仕組みを抽象的違憲審査制と言います。

付随的違憲審査制の論拠となるのは、議会と裁判所の民主的基盤の差(議会は選挙によって選ばれた議員により構成される)、裁判所の客観性・公正さ・信頼の維持というところです。また、行政がスムーズに進むことを重視する価値判断もあると思われます。

また、付随的違憲審査制のもとでは、違憲判決の効力は、当該事件に限って法令の適用が排除されるもの(個別的効力説)であるというのが通説(定説)とされています。

私の意見(憲法裁判所の設置を検討すべきである)

以下、現在の私の意見です。

確かに、付随的違憲審査制の論拠にも一理あると思います。しかし、現在は、地方議会による条例を含め、立法に対して、それが国民いずれかの基本的権利を侵害するものではないか、チェックが十分働いていないと思っています。付随的違憲審査制でも、具体的な事件においては違憲立法であるとの主張ができるので救済可能性があると謳われていますが、実際には個々人がそのような争いをしにくく、救済可能性が損なわれているのが実情です。また、具体的事件において主張をしても、違憲審査に至る前に争点回避されたり門前払いされるということになりやすくなっています。その結果、本来的に合憲性に疑義のある法律・条例・行政行為などが維持されてしまうわけです。

そこで、私は、憲法裁判所の設置について真剣に検討すべきだと思っています。

憲法裁判所は、ドイツ、イタリア、フランスなどで導入されている制度ですが、具体的事件を前提とせず、政府(連邦政府・州政府)、一定数以上の議会議員等の提訴によって法律等の合憲性を審査する抽象的違憲統制の仕組みを有しています。また、特に、ドイツの憲法裁判所では、憲法訴願と言って、基本権を侵害された個人が、通常裁判所による救済の手段が尽くされたことを前提として、憲法裁判所に対して異議申立てを行い、救済を求めることができます。

長年改正されなかった憲法を改正しようとするときの、政治家主導ではない国民的議論としては、このテーマがふさわしいと私は思っています。

著作権に関する講演を聴講しました

著作権(知的財産権)の講演

先日、金沢弁護士会館に、早稲田大学の上野達弘教授が来訪され、著作権訴訟における立証について講演をされましたので、聴講いたしました。

著作権の分野では、インターネットやボーダーレスの時代を反映して、新しく重要な裁判例が年々出され続けているということが実感できました。

著作権法は、著作物の定義として、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術、又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定めていますので、実用品のデザインについては、美術の範囲に属しないとして原則として著作物性が否定されてきました。

また、今の時代、高い付加価値のつく商品は、デザインに特筆すべき点があることが多いと思われます。分野にもよりますが、むしろ、そこで勝負しないと、他者とのちがいを出せず、高い価値がつかないことが多いこともあるでしょう。

そうしたときに、著作権法が実用目的の応用美術の「表現」を保護するかどうかが重要な鍵になってきます。

これに関しては、最近の判決例である知財高判平成26年8月28日判時2238号91頁(ファッションショー事件控訴審判決)、知財高判平成27年4月14日判時2267号91頁(TRIPP TRAPP事件控訴審判決)の紹介を受けました。

学説上もまだ熾烈な議論があるようですが、現在の判決例の趨勢からは、創作性や美的な個性を立証することによって、実用目的の応用美術も、著作権上の権利保護を受けられる可能性があると思われます。

建築の著作物

講演では話題にならなかったのですが、実用目的の応用美術の関係で、私は、建築物の著作権について気にかかりました。

建築については、著作権法10条1項5号で「建築の著作物」が列挙されていますが、実際には建築設計図が同6号の「図面の著作物」で保護されやすい一方で、一般的な建築物そのものが著作権法により保護される例は乏しいようです。大阪高判平成16年9月29日(積水ハウスのグルニエ・ダイン事件)も、グッドデザイン賞を受賞した高級注文住宅のモデルハウスでありながら、著作権法上の保護の対象となるべき美術性・芸術性はないとしました。

近時の東京地判平成29年4月27日(ステラ・マッカートニー青山事件)でも、個性的ともいえる建物の柄の配置について、原告が建築の著作物についての主張をしましたが、要旨、「アイデアであって表現に該当しない」、「表現に該当しても個性の発露があると認めるに足りる程度の創作性がない」、「具体的な配置や配列の提案までなされておらず、観念的な建築物が現されていると認めるに足りる程度の表現であるともいえない」という理由で、建築の著作物性は否定されています。

建築の分野では、建築芸術や土木芸術といいうるような創作性が必要としてきた旧来の考え方がまだ強いといえます。

しかし、建築の分野でも、作る・建てる技術が普及すると、デザインの保護が重要になるのは家具に近いところがあると、私には思えるのです。こうしたことについては、今後も考え、取り組んでいきたいと思っています。

弁護士が自分の名義の書面を知らないということがありうるのか

「訴状の作者」が訴状を知らない?

弁護士出身の稲田朋美防衛大臣が、かつて森友学園を原告とする訴訟の訴状の作成名義人(原告代理人)となっていたのに、「(森友学園を経営する)籠池夫妻から法律相談を受けたことはない」「裁判をおこなったこともない」と述べたことが問題となっている。

裁判所での第一回口頭弁論期日に稲田氏が出席したという記録が残っていたことから、稲田氏は発言を撤回し謝罪することになった。

稲田氏は、森友学園の代理人または復代理人として裁判所に行ったことが事実であるとしても、弁護士である夫が担当していた事件に関し、夫の代わりに出廷しただけだ、とも述べている。

要するに、稲田氏は、訴状の作成者として名前があるけれども、訴状の作成には関わっていない、内容もよく知らないということを述べていることになる。

そのようなことがありうるのか、訴訟を扱う(これまでたくさんの訴状や準備書面を書いてきたし見てきた)弁護士の立場から解説してみたい。

複数弁護士共同の法律事務所での依頼の受け方

弁護士が複数いる法律事務所と弁護士が1人だけの法律事務所がある。弁護士が1人だけの法律事務所であれば、依頼・委任を受けておいて、「知らない」ということはありえない。

弁護士が複数いる法律事務所に事件を委任する場合の委任状はどのようなものか。これは、事務所ごと、事件ごとに異なるというしかない。実際に事件を担当する弁護士に絞って委任状に名を記している場合もあるし、事務所に所属する弁護士全員を載せている場合もある。

なお、弁護士法人に関する問題が別にある。すくなくとも、現在、裁判所では、「弁護士法人」を代理人弁護士とした訴状や準備書面の提出は通常行われていない。訴訟代理人が裁判所に提出する委任状においても、弁護士名の横に「法人受任」という特記をすることはあるが、実際には、裁判所では、弁護士法人に参画していない弁護士との取り扱いの差はまったくない(参考:弁護士法人規程に関する表示等の確認事項)。

委任されているのに担当やチェックをしないことのリスク

弁護士の立場からすれば、事件を担当もしないしチェックもしない予定なのに委任を受けることにはリスクがあるといえる。

特に、共同受任した弁護士の訴訟遂行において問題が生じた場合には、懲戒請求リスクがある(実際に懲戒されるかは別として)。

ただ、複数事務所における利益相反については、相手方からの事件について直接委任を受けていなくても抵触しうるので、委任状に名前を載せなければ回避できるというものではない。同僚弁護士が取り組んでいる事件の依頼者・相手方の名前や事件名を把握しておく必要がある。

委任を受けるリスクと書面の作成者になるリスクとは別次元?

報道で見たところ、稲田氏は、訴状の作成名義人になっていたようだった。

私は、これまでたくさんの訴状や準備書面を見てきたが、委任を受けた弁護士全員が書面の作成者となっている場合と、そうでない場合(実質的な担当者だけが書面の作成者となっている等)とに分かれる。

安易に、委任を受けたから特段の注意を払わずに、書面の作成者としても記載する、という扱いが取られているようにも思われる。しかし、書面の作成者として記載されることにより、「抽象的な事件処理」の受任者というだけではなく、具体的な書面の作成責任者として事件の相手方や裁判所に表現を行うことになるわけであり、作成者として氏名を連ねる弁護士には、委任状の氏名記載を上回るリスクがあるのではないかと思われる。

氏名が記されている以上、その弁護士が目を通し、その主張や表現を是認したと見られても仕方ないところがあるだろう。また、事務所内で確認しないまま提出する扱いを取っているのだ、という主張をするならば、事務所内での態勢整備の甘さが問われかねない。

内容を知らない書面を「陳述」?

訴訟の第一回口頭弁論期日には、訴状を陳述する。

どのように陳述しているかというと、椅子から立ち上がって、「陳述します。」と発言することによって、書面の中身を陳述している。裁判傍聴に行かれるとわかるが、第一回は原告側弁護士だけが出廷し、一言だけで終わることもある。

中身を知らなくても陳述しようと思えばできるし、逆に、陳述したからといって必ずしも陳述者が中身を読んだことがあることを意味しない。

しかし、本来は、弁護士は、陳述する書面の内容を把握すべきだと思われる。自らが出頭して陳述した書面に問題があった場合には陳述者は書面の実質的作成者とともに責任を負うべき立場にあるといえる。

書面の作成者となっている上に陳述までしているとなると、弁護士としては、堂々と「自分が誰の件で何を陳述したか知らない」とはいえないのではないだろうか。

記憶の問題?

稲田氏の件は10年以上前のことだということなので、当時何もわからず出頭したというわけではなく、記憶が薄れているだけかもしれない。私はまだ弁護士になって10年経っていないので、その状況に共感はできないが…。

当時から、「よく知らない人の件で、内容を知らずに陳述していた」というのは、弁護士の目から見て、さすがに雑すぎるので、記憶が薄れた(のに、安倍首相を見習って強気に発言した)という説のほうが有力なのではないかと思う。

氷見市長に対する住民訴訟、氷見市長をめぐる報道

氷見市長本川祐治郎氏に対する住民訴訟の原告側訴訟代理人をしている。氷見市に対し、本川市長らへの損害賠償請求と不当利得返還請求をせよと求める訴訟である。

住民訴訟は、漁業交流施設・魚々座(旧海鮮館)の改修にかかる本川市長の善管注意義務違反・指揮監督上の義務違反、サイクルステーション整備事業における富山県補助金の不正受給に関する本川市長の指揮監督上の義務違反を問うものである。

住民訴訟の提起は2016年9月2日であり、口頭弁論はこれまでに、2016年12月26日・2017年2月20日に開かれている。

 

昨日(2017年3月9日)、本川市長が記者会見を開いたとのことで、今日の地域紙朝刊にその内容が掲載された。北日本新聞のウェブサイトでは以下のように掲載されている。

本川氷見市長 抗議書の内容認め謝罪 市長選出馬は再検討

今回の報道で問題とされている市長の行動のひとつは、2017年2月1日のことだという。監査請求や訴訟で問題を追及されている中でも、次々と新たに問題が生じていることになる。

氷見市民の住民自治の力が試される場面だろうと思う。

相続の新判例を読む(最高裁第三小法廷平成29年1月31日判決)

イントロダクション ~新判例の出現~

最近、親族相続分野で新しい最高裁判例が出ました。

養子縁組無効確認請求事件(最高裁平成28年(受)第1255号、平成29年1月31日第三小法廷判決)です。一応、リンクを貼っておきます。http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/480/086480_hanrei.pdf

一審(家裁)は、養子縁組無効確認請求を棄却、

二審(高裁)は、一審判決取消で養子縁組無効確認請求を認容、

そして最高裁は、一審判決を正当と認め二審判決破棄、となりました。

最高裁判決の要点は、最高裁が下線を引いたところ、すなわち、

専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない

という点です。

これを読み解きます。

「縁組をする意思」とは・・・?

民法802条は縁組が無効になる場合を規定しています。そのうち、第1号は、「当事者間に縁組をする意思がないとき」です。ここでいう「縁組をする意思」は、実質的縁組意思といって、「真に養親子関係の設定を欲する効果意思」であるとされています。これを実質的意思説といい、現在の裁判所のメインストリームの考え方です。

この実質的意思説に対して、養親と養子とが養子縁組を届出する意思があればそれでいい、というのが形式的意思説です。

繰り返しますが、最高裁は、実質的意思説を堅持しています。

およそ親子という身分関係設定の基礎となるような人間関係が存在していなかった(面識がある程度だった)が、財産の相続のみを目的とした養子縁組がなされたケースで、養子縁組無効とされた裁判例がありました(大阪高裁平成21年5月15日判決、上告棄却・上告不受理)。これは、実質的意思を重視したと言われています。

今回の事案は、「節税効果を発生させたい」という動機が養子縁組をする専らの動機であったケースです。

これは、実際のところ、よくあるケースです。税理士の発想が影響することも多いでしょう。今回の事案における、養親と養子は、血のつながり的には、祖父と孫の関係です。税金の側面から、「養子にすれば得するよ」とアドバイスがされたんでしょう。

そこで、二審(高裁)は、この場合の養子縁組は、節税のための便法でしかないので、真に養親子関係を設定しようとしたものではないよ、と考えたわけです。

今回の判決が注目されたのは、大まかに言って、

1… 二審の結論(養子縁組無効)が維持されるか否か、

2… 養子縁組が有効とされるならば、形式的縁組意思だけでよいとされるのか、それともやはり実質的縁組意思が必要とされるのか、

という、2点によります。そして、それぞれについて、最高裁がどういう理屈をつけるかです。

動機(縁由)を参考にして、実質的意思の有無を考える?

今回、最高裁は、養子縁組無効という二審の結論をひっくり返して、養子縁組有効としました。そして、引き続き、実質的縁組意思が必要という前提に立って、専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても、直ちに「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできないと述べたわけです。

以下、私の考えになりますが…。

人と人が養子縁組をしようとすることになりました、という場合には、突然ひらめいて役所に届け出ようというのではなくて、何かがきっかけになることが多いでしょう。現代日本では、相続絡みがほとんどですし、相続税絡みもまた多いわけです。もちろん、ある程度の血縁・人間関係を持った人との間で、老後の面倒を見たい(見てもらいたい)、介護をしたい(してもらいたい)というのもありうると思います。ただ、もともとの人間関係が濃密・良好なケースでも、別々に暮らしていたりして、専ら相続させたいとか相続税の節税のために養子縁組をしたい、ということは、ありうると思われます。

「なぜ今縁組をするのか?」というのが、すなわち「動機」ということになります。

この「動機」イコール養子縁組時の「意思」と見て、「動機」以外には特段取り上げるべき意思がない、というのが二審の思考方法だったのではないかと思います。

しかし、最高裁は違いました。最高裁判決中、下線部の前の判示に着目します。「相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存し得るものである。」と述べています。

最高裁は、節税の動機と縁組の意思は併存し得ると明言しています。最高裁は、動機が意思の大部分を構成するとは見ていないことが明らかです。

これに関して、同じような考え方を取っていると思われるのが、最高裁第二小法廷昭和38年12月20日判決(判タ166号225頁)です。この判決は、他の相続人の相続分を排することを主たる目的としてなされた養子縁組であっても、親子としての精神的つながりをつくる意思が認められるかぎり無効ではない、としています。そして、他の相続人の相続分を減少させようとする意図は養子縁組の「縁由」にすぎないこと、他の相続人の相続分を排して養子に取得させる意思と、真実の養親子関係を成立させる意思の併存を認めています。なお、判例リンクを貼っておきます。http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/057/066057_hanrei.pdf

要するに、「動機」しかなければ、その動機のみが意思の内容であることもありうるけれども、動機以外の意思(真の養親子関係を成立させようとするもの)が併存することもある、ということになります。

なお、「節税目的の動機も立派な実質的縁組意思のバリエーションの一つだ」という考え方が大間違いであることは、言うまでもありません。

今回の最高裁判決は、こうして、考え方の交通整理をした判決だと言うことができるように思います。

重大な判例変更! 預貯金も遺産分割の対象になります!

以前(2016年3月)、預貯金が遺産分割の対象となるか否か、という論点について、判例変更の可能性を記事にした。

http://yybengo.com/%E5%88%A4%E4%BE%8B%E5%A4%89%E6%9B%B4%E3%81%8B%EF%BC%9F-%E9%A0%90%E8%B2%AF%E9%87%91%E3%81%AF%E9%81%BA%E7%94%A3%E5%88%86%E5%89%B2%E3%81%AE%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%EF%BC%9F

そして、今日(2016年12月19日)、最高裁判所大法廷(15人の裁判官による)は、結論を出した。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG19H8Q_Z11C16A2000000/?dg=1

預貯金も遺産分割対象に 最高裁が初判断

2016/12/19 15:21

 相続の取り分を決める「遺産分割」の対象に預貯金が含まれるかどうかが争われた審判の決定で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は19日、「預貯金は遺産分割の対象となる」との初判断を示した。話し合いや調停では預貯金を含めて分配を決めるのが原則で、実務に沿ってこれまでの判例を見直した。

過去の判例は、相続人全員の同意がなければ預貯金を遺産分割の対象とできず、不動産や株式といった他の財産とは関係なく、法定相続の割合に応じて相続人に振り分けると考えてきた。最近では2004年の最高裁判決が「預貯金は法定相続分に応じて当然に分割される」としていた。

要するに、これまでは、

  • 被相続人の死亡の段階で預貯金の形をとっている財産は、原則として、遺産分割の対象とならない。法律で決まっている相続の割合で各法定相続人に自動的に振り分けられ、各相続人は、話し合い無しで、金融機関に引き出しを請求できる。
  • 預貯金を家庭裁判所での遺産分割調停の対象とするには、相続人全員がその取り扱いに同意しなければならない。

となっていたところ、これからは、

  • 預貯金も、遺産分割調停の中で、他の財産と合わせて分け方を話し合って下さい! 話し合いがまとまらなければ、預貯金も含めて分け方を裁判所が審判で決めてしまいます。

ということになりました。・・・ということです。

わかりやすい話ですが、これがどういう影響をもたらすか、についてはピンと来ない方も多かろうと思います。

預貯金が遺産分割の対象となるか否かは、主に、寄与分や特別受益との兼ね合いで問題になっていました。

要するに、仮に遺産が預貯金しかないような場合、自動的に預貯金が相続人に法定相続分で分割されてしまうと、「自分はこれだけ相続財産の増加や維持に貢献(寄与)したのだから、他の相続人より優遇してくれ」という寄与分の主張や「被相続人の生前に特定の相続人だけが贈与を受けた」という特別受益の主張をするタイミング(対象となる相続財産)がなくなってしまうのです。

この問題は、昭和29年に、「預貯金は遺産分割の対象にならず、当然に分割される」という意味の最高裁の判例が出されて以来ずっと潜在化しており、「預貯金を遺産分割の対象としない!」と主張するだけで大きく結論に影響するというのが”知る人ぞ知る”状態になっていました。あまりに結論に差がありすぎますし、場合によっては不公平になりやすい状態です。私は、弁護士になり、この問題はとても重要な問題だと思い、よくよく意識して取り組んでいたのですが、60年間これが続いていたのが不思議です。

もうちょっと、多くの人が大きな声を挙げて、早めになんとかしようよ、と思うのですが…。

もしかすると、家庭裁判所が魔空間だということを傍証する一事情かもしれませんね(違う?)。

自動車保険の弁護士費用特約の利点・使い方

石川県金沢市にある「金沢法律事務所」の弁護士、山岸です。

今回は、自動車保険の弁護士費用特約について、利点や使い方を説明します。

法律相談費用も対象!

これまで弁護士に相談・依頼をなさったことのない方には、「弁護士費用」と言っても、どの段階でどんな費用がかかってくるのかピンとこないかもしれません。

交通事故の場合は、ほとんどの場合、まず法律相談をお受けしてご事情をお伺いします。一般的には、この場合、法律相談費用がかかります。

そして、弁護士が相手方や相手方保険会社との交渉をする場合、または、訴訟を起こす場合には、交渉や訴訟を代理する費用がかかります。

大まかに言えば、この2つに大きく分かれます。

その他、事案に応じて、各種実費や債権回収に関する費用が生じることもあります。

弁護士費用特約は、交渉や訴訟を依頼したときの費用だけではなく、その前段階である法律相談費用についてもカバーしています。

弁護士費用特約が使えるケースかどうかについては、ご加入の保険会社に確認して下さい。

法律相談をしたほうがよいケースは?

交通事故が起きたときには、保険会社を通じて示談が成立するケースは比較的多いです。

ところが、特に「人身事故」の場合には、後遺障害や慰謝料など、弁護士が交渉をすることで相手方の保険会社の提示が高く変化したり、訴訟でより高額の認定が受けられることが多いのが実際です。

このことを知らないまま、本来認められてよい水準よりも低い金額で合意されているケースが多々あるものと思われます。

確かに、交渉や訴訟をすることになると、相手方保険会社の提案にすぐ応じるよりも、解決までの期間が多少伸びてしまうことはあります。

しかし、本来得られてよい賠償を実際に得るために、時間をかけても取り組んでいく意義があることもあります。

法律相談は、ご自身のケースが、弁護士に依頼して交渉・訴訟をしてもらうべきケースなのかどうか、見極めていただくための機会でもあります。

私は、特に、そんな方に、法律事務所にご来訪いただき、法律相談を受けていただければ、と思っています。弁護士費用特約の理想的な使い方だと思います。

法律相談だけで納得できれば、それはそれでよし!

これは、当事務所、弁護士山岸陽平の考え方になりますが、仮に法律相談をして、増額の可能性や解決に至るまでの流れを検討した上で、相談者の方が「自分のケースは弁護士に依頼(交渉・訴訟)するまでのケースではない」という結論に至った場合には、それはそれでいいことだと思っています。

刑事控訴審で「1項破棄」判決をいただきました

一審判決破棄(減刑)

先月(2016年9月)、わたしが国選弁護人に指名されていた刑事控訴審(名古屋高裁金沢支部)の判決がありました。

詐欺罪の被告人です。やったことは認めていますが、量刑が重すぎるのではないかということで控訴したということでした。

事件によっていろいろな争い方がありますが、認めている事件の場合には、不適正な処分が維持されるのは被告人の更生のために、ひいては社会にとってもよくないので、被告人の言い分を法的に構成して、さらにできる弁護活動をやり、裁判所に言い分を聞き入れてもらえるよう努力するのが弁護人の役割です。

もちろん、指名されて初めて事案を知り、被告人ともそこから打ち合わせて、「控訴趣意書」を作り、同時並行で、さらなる弁護活動を進めていきます(認めている場合でも、一審段階で被害弁償や示談ができていなかった場合などは、短期間でそれらを試みることがあります)。

今回は、地裁判決(一審判決)の理由付け・考え方が誤っていてその結果量刑が不当に重くなっているということと、仮に一審判決の量刑が許容範囲だとしても一審判決後に被害回復・反省をさらに進めた・試みたという、大まかに言って2つの主張・立証をしました。

その結果、控訴審判決は、「弁護人の論旨の1つめの方に理由がある」とのことで、一審判決を破棄し、懲役期間を減らしました。

「1項破棄」とは

控訴審(高等裁判所)が一審判決を破棄する理由は、刑事訴訟法という法律に定められています。

大きく分けると、 <1> 一審判決に法令違反・事実誤認・量刑不当があるようなとき、 <2> 一審判決後に量刑に影響を及ぼすような情状が生じたために一審判決を破棄しなければ明らかに正義に反するようになったとき です。

<1>は刑事訴訟法397条1項に、<2>は刑事訴訟法397条2項に定められています。そのため、裁判官、弁護士など法律関係者は、<1>のことを「1項破棄」、<2>のことを「2項破棄」と呼んで区別しています。

「1項破棄」は、シンプルに言えば、一審判決が誤っていた、ということですが、今回そういう判断になったわけです。

今回の裁判は認めている事件で争点は「量刑」(共犯者との役割・関係を含め)だけでしたし、地裁の裁判官は刑事事件における量刑判断のプロではあるのですが、誤りはありうるということでしょう。そのため、こうして是正を図る控訴審や、そこでの弁護活動にも意義があるものと思います。

先日ご紹介したように、民事の控訴審でも一審判決と逆の結論が出されることもあったりで、考え方・見方・注意の払い方、話の組み立て方、証拠による証明の仕方などによって、判断に大きく影響するものだなと思います。

養子縁組無効確認訴訟で逆転勝訴判決

今月は・・・

今月は、取り組んできた事件の判決言い渡しが立て続けにあり、そのうち2件で当方の主張をほぼ全面的に採用した判決をいただくことができました。

1件は人事事件(家事事件)の控訴審判決、もう1件は刑事事件の控訴審判決です。いずれも、名古屋高裁金沢支部の判決になります。

今回は、人事事件(家事事件)のほうをさしさわりのない範囲で紹介します。

事案の紹介

事案は、認知症高齢者を養親とし、血縁関係のない者を養子とする養子縁組の無効が争われたというものです。

なお、近年、認知症高齢者をめぐる事案は増えているようであり、平成に入っての判決例が多くみられます。たとえば、昨年創刊された『家庭の法と裁判』という雑誌(『家庭裁判月報』という有力雑誌を引き継ぐもの)の第1号には、「認知症の高齢者を養親とする養子縁組について、縁組当時、同人の意思能力又は縁組意思がなかったと認めることは困難であるなどとして、養子縁組無効確認請求を認容した原判決を取り消し、請求を棄却した事例」として、広島高裁平成25年5月9日判決が掲載されています。広島高裁のケースでは、1審広島家裁判決は養子縁組無効確認請求を認容したものの、2審広島高裁判決は1審判決を取り消して請求を棄却しました。

私が今回担当した事件は、おおよそ次のような判断になりました。

1審家裁判決は、養子縁組届の筆跡が養親(とされた者。以下同じ)本人のものであると認定したうえで、養親は親族と疎遠であったことなどから、「親族ではなく誰かを養子にしたい」と養親が考えたことは合理的だとしました。

2審高裁判決は、仮に養親が養子縁組届に署名押印したとしてもこれをもって直ちに縁組意思があったと推認することはできないと述べたうえ、養親と養子(とされた者。以下同じ)との間で親子関係を創設するための真摯な協議はなく、少なくとも養親において養子と親子関係を創設する意思があったとみるべき事情はないとしました。また、養子縁組届が提出された時点で養親が養子との間で人為的に親子関係を創設し、扶養、相続、祭祀継承等の法的効果を生じさせることを認識するに足りる判断能力を備えていたとはいえない、と判示しました。

感想

養子縁組無効の訴訟においては、たとえば「養親が実質的な縁組意思を有していたか」という点が争点となるのですが、特に認知症高齢者を養親とする場合、認知症の発症時期、縁組当時の医学的判断、介護認定、縁組届の署名の筆跡、養子との従前の人間関係、日常の言動、第三者への相談の有無、専門職(弁護士、司法書士など)の関与の有無など、さまざまな事情から総合判断されることになります。

この総合判断においては、裁判官によって重視するポイントが異なるため、同様の事案でも結論に差が出ることもあります。ただ、そうした差は、法的判断の部分よりは事実認定の部分で現れやすく、結論に合わない「事実」が認定されず無視されがちというのが私の実感です。

弁護士は、裁判所で法的な解釈を述べるというだけではなく、そもそも「何があったのか」ということを解き明かし、裁判所で主張立証するという役目を負います。「何があったのか」ということについての説得力が問われる場面が多いように感じています。

今回の件では、1審判決の判断のおかしさが浮き彫りになるよう、調査や分析を徹底的に行い、それを主張立証に反映させ、2審での逆転勝訴につなげることができました。