弁護士ドットコムの相談を眺めていると,最近,雪によって生じたトラブルの相談が多い。
たとえば,隣家の屋根雪が落ちてきて,自動車が損傷したとか。
また,ネット相談には上がってきていなくても,積雪が原因で起きた交通事故は多いと思われる。スタッドレスタイヤ不着用だと,相当滑るので。ただ,交通事故の場合,結局過失割合の判断材料ということで,通常の処理内で解決できそうだ。
やはり問題は,落雪とか除雪トラブルだろう。
金銭的には深刻な金額になっていなくても,感情的にかなりもつれていることがある。
このような相談は,雪国である北陸(富山県,石川県,福井県,新潟県?)あたりでは,実は毎年それなりにあると思われるが,その多くは裁判所に持ち込まれないまま解決するか沙汰止みになっているので,裁判所の判決例が蓄積されていない。
だから,相談を受けた弁護士も,「このケースはこうだ」と断言しづらいことが多い。
駐車場の雪は誰がどのように除かすべきか? そんな気軽な質問も,弁護士に聞いてみたら意外と悩んだ顔をするかもしれない。
落雪について,過去の裁判例を探ってみると,
昭和51年8月23日札幌高裁判決(判例タイムズ342-112,判例時報850-43)が一つ大きな参考判決例であるといえる。
この裁判は,歩行者が歩道を通っていたところ,民家の屋根の雪が歩行者の頭上に落下してきて,歩行者が埋没し,窒息死した事案で,死亡した歩行者の遺族が民家の所有占有者と道路の設置管理者である国に損害賠償請求をしたものである。
結論として,判決は,家屋の所有占有者と国が遺族に損害賠償する義務があると認めた。このうち,所有占有者の責任についての判示を要約(一部匿名化・削除)して掲載する(正確には原判決に当たって下さい)。
Y(家屋の所有占有者)が本件建物の屋根に雪止を設置したのは、本件事故発生の三、四年前であつたこと、Yは、昭和四八年一〇月上旬頃、本件建物の屋根の古いトタン葺の上にカラー長尺鉄板を葺いたが、その際、棟木に打ち込んであつた五寸釘を打ち替えて元のままの雪止を設置しておいたこと、本件事故発生当時雪止の丸太を懸吊する鉄線はいずれも赤く錆びついていたことが認められる。
而して前段認定の事実と雪止の鉄線が切断した態様から推すと、本件事故発生の当時雪止の鉄線の張力は、かなり弱化していて、そのため積雪による荷重に耐え切れずに切断したものと認めざるを得ない。
Yは、本件建物の屋根に設置されていた雪止は、士別地方で用いられている雪止としては通常のものであつて、本件事故発生当時も通常の落雪防止機能を有していた旨主張する。しかしながら士別市における一一八センチメートルという積雪量は、一二月二〇日頃現在のそれとしては、例年にない程多いものであるとしても、冬期間全体を通して見れば、それは決して異常に多い積雪量などと言えないことは明白であるし、また、士別地方では、本件落雪のあつた昭和四八年一二月二一日の朝、それまで何日か続いていた寒気が弛み、これが本件落雪の一因であったことが窺われるけれども、冬期間に何日間か続いた寒気が急に弛むという気象現象はさほどに稀なものではなく、そのような場合に屋根の積雪が落ち易い状態になることは降雪地では公知の事実である。右のとおりとすると、本件事故発生の当時、士別地方に、同地方で用いられている通常の雪止であつて通常の落雪防止機能を有するものによつては屋根の積雪の落下を防止し得ない程に異常に多量な積雪があり、異常な気象現象が現われたものとみることは到底できない。
本件建物の屋根に設置されていた雪止の設備は、民法第七一七条第一項にいう「土地ノ工作物」にあたるものというべきところ、上叙判示したところによれば本件落雪は、右「土地ノ工作物」としての前記雪止設備の保存の瑕疵に因るものということができる。たとえ前判示の気象現象が本件落雪の一因であつたとしても、右の判断が左右されるものではないし、また、たとえYが右瑕疵に気付いていなかつたとしても同様である。そうだとすると、結局において、Xの死亡は、右「土地ノ工作物」としての前記雪止設備の保存の瑕疵に因つたものといわざるを得ない。
このようにして,裁判所は,家屋の所有占有者の責任を認めている。
被害者側は,民法717条1項の「土地の工作物」責任を主張していた。
ここで,一応,この規定の説明をしておくと,
1 土地の工作物(建物など)の設置又は保存に瑕疵があったこと
2 その瑕疵によって第三者に損害が発生したこと
この要件が揃えば,土地の工作物(建物など)の所有占有者が第三者に対し損害賠償責任を負うことになる,というものである。
ここでいう「瑕疵」というのは,その種類の工作物(建物など)として通常備えるべき安全性を欠いていることを意味している。この判決は,当該家屋が通常備えるべき安全性を欠いていたと判断したのである。
判決の論理をごく単純化すると,例年その地域で降っている雪にも耐えきれない設備であった以上,設置保存の瑕疵がある,ということになるだろう。
そして,この判決は,人の死亡や傷害を伴わない物品の損害の場合においても,参考になると思われる。
一般的なケースで,落雪により損害が出た場合においても,「土地の工作物の設置保存の瑕疵」の観点から考えるべきであり,たとえば具体的に「雪止めを設置すべきであったか」,「屋根雪の除去をすべきであったか」,「注意喚起すべきであったか」ということが問題になってくる。そして,その際には当該地域での例年の状況も重視されるのだろうと思われる。
このように,各当事者がどのような行動を取って事件が発生したのか,詳細に事実関係を押さえ,また,例年の積雪状況も知り,その上で法律を適用しなければならない。よって,雪に関するトラブルについては,口頭の短時間の相談では,きっちりとした結論に達しにくいかもしれない。
なお,今回取り上げた判決について,道路の管理瑕疵の問題を中心に行政官が論じた文章があるので,リンクを貼っておく。
http://www.hokuhoku.ne.jp/rmec/18pdf/38-39.pdf
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