※記事をお読みになるにあたっての注意点※ 金沢法律事務所(弁護士 山岸陽平)では、「逮捕されたとき(起訴、判決時)の報道発表を食い止める」という弁護活動を行っていませんのでご了承ください。
被疑者は報道によってダメージを受けることが多い
刑事事件の弁護をしていると、自分や家族の逮捕が報道されたかどうか気にする人が非常に多いです。
人によっては、逮捕されたという事実そのものよりも、逮捕されたことが報道されたという事実により精神的ダメージを受けます。また、精神的ダメージだけではなく、経済的なダメージにも結び付きやすいです(勤務先を自主退職に追い込まれたり、現実的に客商売ができなくなるなど)。
特に、ムラ社会なコミュニティにおいて実名報道がされると、非常に厳しいものがあります。
このように、報道により被報道者(=ここでは被疑者)が受ける損害はただならぬものがあると言ってよいでしょう。
なかには、逮捕されずに、略式命令(略式起訴)で罰金を科せられて終わる刑事事件もありますが、そういう取扱いと逮捕された場合の感覚は、天と地ほどの差があると言っても過言ではありません。前科としては、まったく同じ意味を持つのですけどね…。
事件報道により報道の受け手が享受する利益は?
一般に報道機関による報道は、国民(市民)の知る権利に資するものです。
ここで、知る権利と言っても、他人が隠したいことを興味本位で暴くということを実現するための権利ではありません。
事件報道の関係では、何を実現するために「知る」意義があるのでしょうか。
それは、まず、行政(警察も行政です)が間違いなく仕事をしているかチェックするためです。以前の記事でも書きましたが、逮捕されるべきでない人を逮捕しておいて、そのことについて警察が発表もしなければ、行政に都合が悪いというだけで根拠なく逮捕しても、その是非が検証されずにうやむやにできてしまうおそれがあります。国民主権のもとで警察も動いているので、警察が何をしているのか国民が知るのは当然だという考え方です。
また、凶悪な事件に関しては、周辺住民が身を守るため、という理屈立てもあるかもしれません。あとは、ぶっちゃけて、誰が犯罪に手を染めたのか知って警戒するため、という欲求が大きいかもしれません(いや、しかし、私は、それを逮捕直後、警察発表に基づいてやるのはどうなんだろう…と思います)。
石川県における報道の問題点
北國新聞、北陸中日新聞
北國、北陸中日の2紙は、警察発表を基本的にそのまま記事にしているようです。
ですから、非常に微小な案件でも、ほぼ漏れなく実名で掲載されます。たとえば、数十円の物品の窃盗や運転免許証の提示拒否で逮捕されても掲載されます。(ごくたまに、逮捕されても掲載されていない案件もありますが、どのような基準で漏れ落ちているのか詳しいことは知りません。そのような案件も、勾留段階や起訴段階で検察庁が報道機関に情報提供して載ることがあります。)
これにより、石川県では、逮捕された場合、周囲の人は基本的にみなそれを知っている(報道されなければ運がいい?)、という前提になってきます。
この2紙は石川県内でのシェアが高く、多くの被報道者(被疑者)にダメージを与えているといえます。
警察がしっかり発表していなかったり、マスコミがちゃんと取材できていなかったりして、事件のあらましや被疑者の言い分が誤って報道されていることもしばしばありますが、後日訂正されることはほとんどありません(訂正を兼ねて再度報道されるのもイヤでしょうし、あまり初期報道に抗議することは多くないというのもあります)。
ただ、北國新聞と北陸中日新聞は、紙面に載せた逮捕情報をそのままインターネット掲載するということはありません。さすがにそれをすると大変なことになる、ということをわかってるんでしょう…。
ネット掲載
多くの事件は、北國・北陸中日の逮捕時の報道だけで終わります(場合によっては、勾留の有無や裁判の報道もあります)。しかし、地元テレビ局や全国紙の支局記者が注目する事件になると、テレビで流れたり、インターネットに掲載されたりします。
どういう事件がそうなりやすいかというと、
1 結果が重大な事件(人が死亡した場合、重傷を負った場合、大きなお金が絡む場合)
2 関係者(被疑者や被害者)の職業や知名度などにニュースバリューがある事件
3 連続的な犯罪の場合
4 ちょっと変わった方法での犯罪の場合(目につきやすい、ネタにしやすい等)
といったところでしょうか。
地元テレビ局には報道したニュースを掲載するサイトを用意しているところも多いですが(ITC、MRO、HABなど)、北國新聞や北陸中日新聞のように原則全件報道というわけではありません。ですので、結局のところ、報道機関がニュースバリューありと判断したものがネットに載り、後日逮捕情報が検索しやすい状態で残ってしまうという形です。
「社会的制裁」のありようが地方によって大きく異なるのもおかしな話では
社会的制裁については、正式裁判になっても判決では大きく考慮がされることはほとんどありません。
「報道によって仕事を辞めなくてはならなくなった」というのなら、まぁそれも考慮するか、という程度であり、「報道により社会復帰に支障をきたしている」という漠然とした主張では取り上げてもらいにくいと言っていいです。
しかし、既に述べたとおり、逮捕時の実名報道が実質的な社会的制裁になっていることは間違いないところです。周りを気にせず生きていけばいいといえばそうなのかもしれませんが、みんなが周囲を気にするような社会であればなかなか難しいところです。
こういう取扱いが公の議論の結果、各都道府県でなされているのなら、それは根拠のある扱いなのかと思うのですが、実際には各都道府県での取り扱いについてそんな議論がなされた経緯は聞いたことがありません(全国メディアでは、被疑者の実名報道の基準について議論されたことがあるようですが、地方紙についてはどうなんでしょう…。そもそも特定トピックについて各県で議論してることがあまりないですよね。)。
「公の機関が発表しているから、基本間違いない」、「警察が実名で発表するから、載せない理由はない」、「疑われるようなことをした者にも責任はある」、「知りえた情報を載せることで部数を稼げるなら載せる(ライバル紙も載せているし、載せなくなったら部数が奪われる)」、「警察の顔を立てることで、取材もしやすくなる」というようなのが現実的な理由で、たいした議論もなく続いているのかなと思っています。
私は、各都道府県の地元紙の報道のありかたを熟知しているわけではありませんが、全都道府県で、同じような事件を起こした時に、報道されるかされないか、大きな違いがあることは確実です。特に、大都市部と田舎県では大きな違いがあるでしょう。
各都道府県の報道機関や警察の取り扱いによって、被疑者被告人がどれだけ実質的な社会的制裁を受けるか大きく異なるというのも、ちょっとおかしな話だと思っています。
逮捕情報のネット掲載(匿名)をしている警察もある
ここで私が注目しているのは、匿名で逮捕情報をネットに掲載している自治体警察の存在です。
たとえば、北海道警、青森県警、長野県警、大阪府警、奈良県警、広島県警、島根県警、山口県警、愛媛県警、福岡県警、佐賀県警、長崎県警です。他にもあるかもしれませんが、ざっと。
全件載せているかどうか、これ以外の報道機関向け発表はどうなっているか、という問題もありますが、これで「行政の動き」としては把握できるし、報道機関が警察からの「又聞き」で被疑者の言い分をもっともらしく発表する→そしてだれも「誤報」の責任を取らないという流れに比べれば、警察が自己の言い分を発表しているということですっきりします。
こうやって行政機関が直接国民・市民に情報を提供することができるようになっているわけで、こういう仕組みを生かして、行政は国民・市民のチェックを受けてほしいと思います。地元報道機関に対して発表するのでそれを通じてチェックしてもらえればいい、という考え方も全否定はしませんが、時代に合わせた工夫の仕方があるのではないかと考えます。
これについては、また機会があればさらに書きたいと思います。