特定秘密保護法は便利な捜査ツールか?

特定秘密保護法の成立

特定秘密保護法は、去る国会で成立した。

法案の国会提出後、マスコミも含め、反対論が膨らんだが、自民党・公明党の法案成立への意思は揺るがず、結局成立した。

ただ、成立以降も、法律の運用について懸念の声が少なくなく、まだマスコミの報道もやんでいない。

私の、特定秘密保護法への、もともとのスタンス

私は、特定秘密保護法の立法の目的については、否定しない。大雑把に言って、高度な外交秘密や安全保障上の秘密を他国に漏らさないための法制度は必要だと思う。

特に、現在、東アジア情勢は一筋縄ではいかない状況である。対中・対韓の関係については、表面的に友好化すればいいというものではなく、常に注意を払わなければならない。そのような中、情報漏洩を防ぐ手立てを講じる必要はある。

本来的には、国民は、安全保障に関しても、多様な情報を知った上で議論し、輿論を形成し、選挙権を行使すべきである。しかし、すべてガラス張りで議論することで、国民主権の足場が崩れることもある。そうであるならば、秘密とする情報の範囲はできるだけ抑制的であることが望ましいが、秘密を保護する法律を制定すること自体否定されるべきではない。

強く残る懸念(捜査機関にとって便利なツールであるといえること)

特定秘密保護法案に関する議論の当初、私は賛否を決めかねていたが、その理由としては、刑事罰に関する構成要件が曖昧であったり、刑事手続と「秘密」との関係がはっきりしない点があった。

日本の現実として、捜査機関が被疑者を逮捕・勾留すると、マスコミは疑いの内容を警察(検察)発表どおりに実名を付して報じ、それを受けて社会はおおむね被疑者を犯人視する。特に、捜査機関が力を入れている事件については、どのように報じられるかを意識して情報をリークすることで、輿論を味方につけ、捜査段階から被疑者に社会的制裁を与えようとする。

こういうことになっているから、捜査機関がある人物を立件したいというときに、いかなる理由をつけて(いかなる罪名を適用して)立件できるかが非常に重要なのである。今回の、特定秘密保護法(案)は、構成要件が曖昧であり、読み方にブレが生じるゆえに、捜査機関は法律を広く解釈して被疑者の逮捕・勾留を裁判所に請求し、裁判所もあっさりと認めるのではないかという懸念がある。

このあたりのことを漠然と考えていたが、落合洋司弁護士の稿(弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」 2013/12/02 国家機密と刑事訴訟 特定秘密保護法案の刑事手続上の論点)を読んで、「特定秘密保護法違反」の刑事事件を想定したときの問題点がさらにはっきりわかった。私が上に書いたように、「特定秘密保護法違反」として被疑者を逮捕・勾留することもありうるだろうし、大まかに「特定秘密保護法違反」の被疑事実があるからとマスコミその他の関係先を捜索するということも十分考えられる。そして、刑事手続が進む中でも、捜査機関側は、外形的に「特定秘密」にあたることに関わった何らかの証拠を裁判所に提出するかもしれないが、その提出証拠は、捜査機関に都合の悪い部分を隠したものであることもありうる(そのような操作が簡単にできるだろう)。

もちろん、私は、秘密漏洩を食い止めるため、罰するべき事案もあることは認める立場である。しかし、行政機関には、「行政側から睨まれてでもやる」という人物を排除したいという欲求があり、そうした人物の行為が公益に資するか否かは、当事者の行政では究極的判断ができないのでないかと思う。そういうとき、行政がそうした人物を邪魔だと思い、そうした人物が関わった情報が「特定秘密」に属するものであれば、「特定秘密保護法違反」として逮捕、ということにも直結しうる。このような場合、行為をした本人以外の者も共犯者(の疑いがある者)として逮捕されることもある。逮捕までいかずとも、非常なプレッシャーをかけられる。

郷原信郎弁護士も、次のように指摘し、この法律が誤った方向で用いられるおそれがあるとする(郷原信郎が斬る 2013/12/05「特定秘密保護法 刑事司法は濫用を抑制する機能を果たせるのか」)。

特定秘密保護法案に関して問題なのは、法案の中身自体というより、むしろ、現行の刑事司法の運用の下で、このような法律が成立し、誤った方向に濫用された場合に、司法の力でそれを抑制することが期待できないということである。

他方、長谷部恭男東京大学教授(憲法学)は、衆議院国家安全特別委員会で、参考人として話をしたが、このあたりの問題については、次のとおり述べている(引用元サイト)。

それから第四、それでもこの法案の罰則規定には当たらないはずの行為に関しましても、例えば捜査当局がこの法案の罰則規定違反の疑いで逮捕や捜索を行う危険性、それはあるのではないかと言われることがございます。我が国の刑事手法、ご案内の通り捜索や逮捕につきましては令状主義を取っておりまして、令状とるには罪を犯したと考えられる相当の理由ですとか、捜索の必要性、これを示す必要がございますので、そうした危険が早々あるとは私は考えておりませんが、もちろん中には大変な悪だくみをする捜査官がいて、悪知恵を働かせて逮捕や捜索をするという可能性はないとは言い切れません。

ただあの、そうした捜査官は、実はどんな法律であっても悪用するでございましょうから、そうした捜査官が出現する可能性が否定できないということは、正にこの法案を取り上げて批判する根拠にはやはりならないのではないかと。むしろそうした捜査官が仮に出現するのでありましたら、そうした人たちにいかに対処するのかと。その問題にむしろ注意を向けるべきではないかと考えております。

この長谷部教授の発言は、落合氏・郷原氏の議論に直接対応するものではない。長谷部教授の問題設定は「この法律が悪用されないか?」というものであり、巧妙に「活用」されるという問題についての議論ではないからだ。

ここで、長谷部教授は、こういうことを言っている。「逮捕」や「捜索」については令状主義をとっているから、必ず裁判官のチェックを受けるのである。罰則規定にあたらないはずの行為を取り上げて逮捕や捜索を受ける可能性は、他の法律による場合と同様、捜査官の個性の問題になる、と。

しかし、実際には、裁判官の令状審査が実質的に機能しているか疑問が大きい。令状主義をとっていることだけで、捜査機関がこの法律を巧妙に「活用」することは、防げないだろう。

以上から、私は、最終的に、特定秘密保護法案に反対する意見を持ったし、現在でも特定秘密保護法がどのように運用されていくか、強い懸念を持っている。実質的に、安全保障のためという目的をそこそこにして、捜査機関の便利ツールとして使われていく可能性があると思っている。

この法律の運用については、今後とも注目していきたい。

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金沢法律事務所(石川県金沢市)を主宰する弁護士

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