空文化する憲法53条 ~国会召集をめぐって~

臨時国会冒頭解散?

NHKを含む各メディアによると、安倍首相は、2017年(平成29年)9月28日から始まる臨時国会で、所信表明を行わずに衆議院を解散するという。

正確に言えば、天皇が内閣の助言と承認により、衆議院を解散するということであるが、その内閣の助言と承認については、内閣の首長である安倍内閣総理大臣が実質的な権限を行使するということである。

今回の解散についての政治的な部分の解説は、東洋経済ONLINEの泉宏氏のコラム(安倍首相、「冒頭解散」で10.22選挙に突入か ネーミングは「出直し」より「モリカケ隠し」?)にバランスよくまとまっているので、さしあたりそちらを参照していただければよいと思われる。

過去の臨時国会召集要求「不対応」例との比較

ところで、2017年(平成29年)6月22日、衆議院と参議院の両方において、各議員から臨時国会召集の要求書が提出された。これは、憲法53条に基づくものである。憲法53条は次のとおり定める。

内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

報道によれば、この召集要求があった例は、2015年10月21日の要求で37回目とのことである()。今回は、その次なので、38回目ということだろう。

南野森九州大学教授のコラムによると、衆参両院で要求があったケースは、2015年10月21日の要求で27回目であり、衆議院のみの要求が過去7ないし8回、参議院のみの要求が過去2回ということである()。

過去、要求があったのに国会が開かれなかったのは、2003年11月27日要求(第二次小泉内閣)、2005年11月1日要求(第三次小泉内閣)、2015年10月21日要求(第三次安倍内閣)である。要するに、内閣が要求を受けても開催しなくてもいいという態度を取り始めたのは、今世紀に入ってからである。これらに関し、各内閣は、翌年1月に見込まれる通常国会の召集をすることで足りるというスタンスを取っていた。

南野教授によれば、2003年と2005年は11月に入っての要求であり、要求直前まで特別国会(すなわち同年度2つめ以降の国会)が開かれていたから、10月に要求があったのに結局臨時国会は開かず通常国会だけしか開かなかった2015年の不開催が最たる憲法違反だということだ。

そして、今回、通常国会が早めに閉じられたこともあり、6月22日と要求は早かった。その要求に対し、安倍内閣は、3か月以上(98日)先の9月28日を召集日とした。確かに、今回は、引っ張るだけ引っ張ったが、形式的には臨時国会を開催したことになる。すなわち、今回は4例目の不開催事例とはならない。

憲法の要請に反する冒頭解散

冒頭解散自体は、憲法違反ではないし、それだけで政治的にも不当というわけでもない。

過去、「冒頭解散」が行われたのは、以下の3例である。

1966年12月27日(第54回通常国会)佐藤内閣 「黒い霧解散」
1986年6月2日(第105回臨時国会)第二次中曽根内閣 「死んだふり解散」
1996年9月27日(第137回臨時国会)橋本内閣

これらのうち、衆議院召集要求があったのは、1996年のみである。1986年は参議院の召集要求はあったが、参議院はなかったようである。

1966年は、通常国会である。このころは、1月ではなく、12月やそれ以前に通常国会を召集して越年させていた。12月20日まで臨時国会を開いており、立て続けに通常国会を開いたところで解散した。

1986年は、5月22日まで通常国会が開かれていたところ、中曽根内閣が意表をついてその直後に臨時国会を召集し、議長応接室で詔書を読み上げ、抜き打ち的に解散した。自民党が参議院で召集を求めていた。

1996年は、6月19日までの国会で新進党の戦術が功を奏さず、また与党側の社民党・さきがけの再編問題があった。新進党議員が両院の召集を求めていた。

今回は、少数側の議員から臨時国会召集の要求があり、憲法の要請に基づき、議会での実質的議論が求められる状況である。

1996年橋本内閣との差異は?

1996年橋本内閣でも、臨時国会の召集要求があったが、所信表明演説なしに冒頭解散がされた。その点は今回と同様に見えるが、実質的な差異はあるか?

それは、内閣が、その方針のもと、相応の期間仕事をした上での解散であったか否かの点である。第一次橋本内閣は、1996年1月11日にスタートし、改造なしで解散を迎えている。他方、第三次安倍内閣は、2017年6月18日の通常国会閉会後である8月3日に第三次改造という大規模改造をしている。改造前の話題などとの関係で、野田総務大臣、河野外務大臣、林文部科学大臣、小野寺防衛大臣などが注目されている。

今回は、改造後、国会の論戦を経ていないし、国会で方針さえも示されていない。

仮に、いま、議会での議論はひとまず置いて選挙をしなければならないとしても、今回は、少なくとも、議論を整理し、政府から方針を提示し、与野党のスタンスを示すことが極めて望ましい。

ところが、現状において所信表明演説をせずに解散すれば、それらの要請に実質的には何ら応えていないことになる。これが国民のためといえるかどうか。

そして、

  1. 臨時国会の召集に長く応じず、
  2. 召集して直ちに冒頭解散をすることで、
  3. 国会で当該内閣の方針を示さないまま選挙をすることで、

またもや憲法53条の抜け道のような前例が作られ、同条の趣旨がいっそう軽んじられるのではないか。そして、現在の内閣の方針が国会で示されず、国会という公式の場で各党のスタンスが示される機会が持たれないことにより、国民が選挙における選択基準や選択のための要素を公的に知ることができなくなるという懸念がある(各メディアでイレギュラーな形でなされるのも確かだが、正式な場が省略されるべきではない)。

余談・・・国会を開いても?・・・

現状の国会は、国政調査権が国民のために真に活用されているか、また、行政やその背景にいる与党において議院による調査に真摯に協力しているか疑問の大きい状況になっている。

巷間、国会を開いても意味がない、という論調が強い。

それは、裏返して言えば、いい加減にやり過ごしていてもなんとかなってしまう現状があるからだ。それでも、それが現実だから仕方ないというのではなく、よくする試みはしていきたい。流されず踏みとどまる主権者でありたい。

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山岸 陽平
金沢法律事務所(石川県金沢市)を主宰する弁護士

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