重大な判例変更! 預貯金も遺産分割の対象になります!

以前(2016年3月)、預貯金が遺産分割の対象となるか否か、という論点について、判例変更の可能性を記事にした。

判例変更か? 預貯金は遺産分割の対象になる?

そして、今日(2016年12月19日)、最高裁判所大法廷(15人の裁判官による)は、結論を出した。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG19H8Q_Z11C16A2000000/?dg=1

預貯金も遺産分割対象に 最高裁が初判断

2016/12/19 15:21

 相続の取り分を決める「遺産分割」の対象に預貯金が含まれるかどうかが争われた審判の決定で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は19日、「預貯金は遺産分割の対象となる」との初判断を示した。話し合いや調停では預貯金を含めて分配を決めるのが原則で、実務に沿ってこれまでの判例を見直した。

過去の判例は、相続人全員の同意がなければ預貯金を遺産分割の対象とできず、不動産や株式といった他の財産とは関係なく、法定相続の割合に応じて相続人に振り分けると考えてきた。最近では2004年の最高裁判決が「預貯金は法定相続分に応じて当然に分割される」としていた。

要するに、これまでは、

  • 被相続人の死亡の段階で預貯金の形をとっている財産は、原則として、遺産分割の対象とならない。法律で決まっている相続の割合で各法定相続人に自動的に振り分けられ、各相続人は、話し合い無しで、金融機関に引き出しを請求できる。
  • 預貯金を家庭裁判所での遺産分割調停の対象とするには、相続人全員がその取り扱いに同意しなければならない。

となっていたところ、これからは、

  • 預貯金も、遺産分割調停の中で、他の財産と合わせて分け方を話し合って下さい! 話し合いがまとまらなければ、預貯金も含めて分け方を裁判所が審判で決めてしまいます。

ということになりました。・・・ということです。

わかりやすい話ですが、これがどういう影響をもたらすか、についてはピンと来ない方も多かろうと思います。

預貯金が遺産分割の対象となるか否かは、主に、寄与分や特別受益との兼ね合いで問題になっていました。

要するに、仮に遺産が預貯金しかないような場合、自動的に預貯金が相続人に法定相続分で分割されてしまうと、「自分はこれだけ相続財産の増加や維持に貢献(寄与)したのだから、他の相続人より優遇してくれ」という寄与分の主張や「被相続人の生前に特定の相続人だけが贈与を受けた」という特別受益の主張をするタイミング(対象となる相続財産)がなくなってしまうのです。

この問題は、昭和29年に、「預貯金は遺産分割の対象にならず、当然に分割される」という意味の最高裁の判例が出されて以来ずっと潜在化しており、「預貯金を遺産分割の対象としない!」と主張するだけで大きく結論に影響するというのが”知る人ぞ知る”状態になっていました。あまりに結論に差がありすぎますし、場合によっては不公平になりやすい状態です。私は、弁護士になり、この問題はとても重要な問題だと思い、よくよく意識して取り組んでいたのですが、60年間これが続いていたのが不思議です。

もうちょっと、多くの人が大きな声を挙げて、早めになんとかしようよ、と思うのですが…。

もしかすると、家庭裁判所が魔空間だということを傍証する一事情かもしれませんね(違う?)。

判例変更か? 預貯金は遺産分割の対象になる?

相続・遺産分割に関して、非常に重要なニュースがあった。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG23HAW_T20C16A3CR8000/

預金の分割、大法廷が判断へ 遺産「対象外」見直しか
2016/3/23 21:15

預金を他の財産と合わせて遺産分割の対象にできるかどうかが争われた審判の許可抗告審で、最高裁第1小法廷(山浦善樹裁判長)は23日、審理を大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)に回付した。実務では当事者の合意があれば分割の対象とするケースが主流となっており、「対象外」としてきた判例が見直される可能性がある。弁論期日は未定。

大法廷に回付されたのは、死亡した男性の遺族が、男性名義の預金約3800万円について別の遺族が受けた生前贈与などと合わせて遺産分割するよう求めた審判。

最高裁は2004年の判決などで「預金は相続によって当然に分割されるため遺産分割の対象外」としており、一審・大阪家裁と二審・大阪高裁は判例にしたがって分割を認めなかった。

しかし、遺産分割前に遺族が法定相続分の預金の払い戻しを求めても、銀行は遺族全員の同意が無ければ応じないケースが多い。家裁の調停手続きでも遺族間の合意があれば預金を遺産分割の対象に含めており、判例と実務に差が生じている。

専門家からは「預金は不動産と違って分配しやすく、遺産分割の際に遺族間の調整手段として有効」との指摘もあり、法制審議会(法相の諮問機関)の専門部会は15年4月から、遺産分割で預金をどう扱うべきかについて議論を始めている。

 わかりやすい言葉で言うと、現在の最高裁判例では、

遺産の預貯金は、被相続人が死亡したときに自動的に各相続人に法定相続分で分割されるので、各相続人は、金融機関にある被相続人名義の預貯金のうちの法定相続分にあたる分を払い戻せる

のであり、

遺産分割の協議をする前でも、当然分割なので、払い戻し可能

ということである。(ただし、現在の判例でも、遺言があると話は別。)

 しかし、遺産のうちで預貯金だけは遺産分割をする前に当然に分割され、遺産分割の話し合いの対象から外れる、という結論には、違和感を持つ人も多いところである。それに、ニュース記事にもあるように、金融機関は、相続人全員の印鑑のある払戻請求書、遺産分割協議書、調停調書といったものがないと払い戻しに応じてくれないことが多い(訴訟をすれば結局払い戻されるが)。

 そこで、家庭裁判所での遺産分割調停でも、相続人全員の合意のもとに、預貯金を遺産分割の話し合いの対象にするという扱いを取るケースも多い。合意によって、法律の原則の適用を外すということがされているわけである。

 今回、最高裁が審理を大法廷に回付したことにより、最高裁がこれまでとは別の考え方を取る可能性が出てきた。遺産にはほぼ必ず預貯金が含まれているので、ほとんどすべての相続・遺産分割にかかわってくるルールについての変更がされる可能性があるということである。

 遺産分割調停においては、当然このあたりの判例を踏まえて対応しなければならないが、これからは判例変更の可能性も念頭に置きながらやっていかなければいけないと思われる。判例が変わったら、従来の判例の理論は一気に実務で使いづらくなってしまう。現在、世の中で争われている遺産分割事件にも影響がかなりありそうだ。

相続問題の疑問点 ~やしきたかじん篇~

最近のホットトピックといえば、やしきたかじん氏の晩年をめぐる問題だ。

百田尚樹著・幻冬舎刊の『殉愛』(11月7日発刊)が発刊され、同日そのプロモーション的特集がTBS(金スマ)で放映されたが、それ以降、ネット・裁判所などいろいろな場所を舞台として、現在まで盛り上がりを見せている。

ここでは、私が読んだ週刊新潮12月18日号(以下「新潮」)をあてにして、法律的なことを中心に何か書いてみたいと思う(なお、私は『殉愛』をまだ読んでいないし、他の雑誌の記事もあまり読んでいない。)。

H 対 幻冬舎

まず、新潮には、11月21日に、たかじん氏の唯一の子「H」氏が『殉愛』の出版差し止め及び1100万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしたと書かれている。新潮には書かれていないが、この訴訟の被告は幻冬舎である。この訴訟では、ほぼ専ら、百田尚樹氏の取材執筆がどのような資料をもとになされたのか、その資料に根拠があったのかが争われるだろう。

百田氏は、Twitterで、「今まで言わなかったこと、本には敢えて書かなかったいろんな証拠を、すべて法廷に提出する」、「一番おぞましい人間は誰か、真実はどこにあるか。すべて明らかになる。世間はびっくりするぞ」と力を込めている。訴訟の中での証拠提出行為がさらなる名誉毀損に当たることもあるので注意である。

新潮には、日本筆跡鑑定協会指定鑑定人の藤田晃一氏が「メモ偽造疑惑」をシロと判断したと書かれている。しかし、金スマで放映されたメモには、たかじんの妻の「S」氏の癖と似た癖が出ているように見えるものもあるし、私は本当にシロなのかわからないように思う。

なお、裁判所は、筆跡鑑定を他の科学的鑑定と同列には扱っておらず、筆跡鑑定への信頼をあまり持っていない。裁判所は、むしろ、書かれた状況や内容を重視して、真筆か否か判定する傾向にある。

そこで、どのような経緯で書かれたものなのかが焦点となってくるだろう。ただ、「S」氏が裁判所に出廷するのは当分先になるし、しかるべく準備をして臨むことは間違いないので、本当の真実が裁判所の法廷で明らかになるとは考えないほうがいいだろう。

判例上、概して、公益性・公共性・真実性が認められれば名誉毀損にあたらないとされており、今回の裁判でも、たかじん氏の晩年の出来事についてノンフィクションや記事にして出版することの公共性・公益性も問題になってくる可能性がある。そうすると、今後の芸能人のゴシップ記事一般への影響もありうるだろう。

S 対 ネット

新潮には、たかじん氏の妻の「S」氏が、ネット上の「重婚」(イタリア人男性や別の男性との婚姻歴があること)や「偽造」(上述のメモ)に関する書き込みの一部について警察に被害届を提出済みであり、さらには名誉毀損で訴える準備も進めていると書かれている。

面白いのは、上記の東京地裁の訴訟で、おそらく幻冬舎側は、たかじん氏は有名人なので『殉愛』の出版には公共性・公益性があると主張すると想定されるところであるのに、仮に「S」氏がネットの書き込み者に名誉毀損の民事訴訟を提起するとすれば、「S」氏についての事実指摘は公共性・公益性がないと主張することになるだろうということ。確かに「S」氏の個人的な事柄がネットで暴露された形ではあるが、それは自ら作家と組んで世間に広めようとしたことに関連する事柄であり、一部は自らブログに載せていたことであるようで、その場合には、公共性・公益性等がどのように判断されるべきなのか興味深い点である。

遺産分割(相続)

新潮によると、「S」氏の代理人弁護士は、次のように語っている。なお、以下の引用で「さくらさん」とは「S」氏のこと。

遺言書を作成する場合、通常は遺留分を総額の半分くらいは残しておかなければなりません。さくらさんも“そこは考えてください”と言っていたのに、遺言執行者だったY弁護士が遺留分を全く考慮せずに遺言書を作成したのです

私には、これがちょっと理解しがたい。

このときの遺言というのは、たかじん氏が死に直面しているということで、危急時遺言(民法976条)が用いられたらしい(参考ブログ→http://mmtdayon.blog.fc2.com/blog-entry-153.html)。これは、民法の定めに基づき、遺言者が証人の1人に遺言の趣旨を口授することで行われる。そして、遺言の趣旨の口授を受けた証人はそれを筆記し、筆記した内容を遺言者に閲覧させるか読み聞かせるものである。

そうすると、ここでの遺言は、遺言者であるたかじん氏の言ったことが反映されているはずである。「Y」弁護士はたかじん氏の発言を聞き取ってその場で遺言書を作成したはずであり、その内容を「考えなおす」か否かもたかじん氏が決めることであるから、「S」氏が事前に「Y」弁護士にそう言っておいたのにそうなっていないからおかしい、というほうがおかしいのである。

確かに、これは建前の議論であって、実際には受贈者が主導してスレスレの作られ方をする遺言もあるのだろう。しかし、「S」氏の代弁者である代理人弁護士が、遺言が「S」氏の指示通りになっていないと公に語るのはちょっとヘンな気がするのである。

特に、これは、危急時遺言という特殊形式の遺言である。この遺言形式は、自筆でもなく、公正証書に依るでもないものであり、その代わりに、3名以上の証人が立ち会い、その場で「口授」「筆記」「閲覧or読み聞かせ」「承認」をなす必要があるというものである。自筆や公正証書の場合には、事前に遺言者と打ち合わせて原案を作り、それをもとに自筆するか公証役場で概要を話させるという方法がありうるが、危急時遺言の場合には「そこに書いてあるとおりです」という口授の仕方は基本的に不可能であると思われ、そうすると作り方が異なってくるはずである。

そして、この危急時遺言という遺言の形式は例外的で特殊ゆえに、自筆証書遺言の場合にしなければならない家裁の「検認手続」の前に「確認手続」も取らなければならないとされている(ちなみに、公正証書の場合はどちらも要らない)。家裁は、遺言が遺言者の真意に出たものであるという心証を得た場合に「確認」の審判をすることになるのだが、この確認の審判というのは、いわば仮定的な判断であり、もしその後に地裁で「遺言無効確認訴訟」が提起されてそこで争われた場合には、そこではまた1から遺言の有効性が争われることになる。「確認手続」における、遺言者の真意に出たかどうかの判断にあたっては、家庭裁判所は、証人の意見を聞く程度であり、その遺言によって不利な影響を受ける者の参加が法定されていないから、特定受遺者と不利を受けた法定相続人の間での本格的な争いは、家裁ではなく地裁で行われるということになる(遺言の無効を確認する訴訟は、遺産分割の前提になる議論ではあるけれども、地方裁判所に提起することになっている。)。

たかじん氏の遺言については、「確認」が平成26年1月22日に、「検認」が平成26年2月25日になされたようである。これに関し、たかじん氏の遺言の有効性が裁判所で争われ、すでに有効と決していると書かれているのを見たが、これは上記の「確認」のことであって、一般的な「遺言無効確認訴訟」ではないのではないかと思われる(私は、この件で仮に遺言無効確認訴訟を提起した場合、こんな短期間のうちに地裁の判断は出ないはずだという感覚を持っているため、このように書いている。もう遺言無効確認訴訟も終わっているのだということであれば、ご指摘いただきたい…。)。

新潮には、「H」氏が遺留分減殺請求権をめぐって訴訟をするかどうか検討中であるように書かれているが、仮にたかじん氏が証人3名のいる前で危急時遺言を口授したか否かについても疑問だということになれば、形式不備で遺言無効という可能性もあるから、遺言無効確認訴訟提起の見込みもあるように思う。

そして、この件では、行方不明のお金や、「S」氏用金庫のお金の位置づけなど、遺産の範囲についての争いもあるようで、これはこれで遺産分割ではとどまらず、地裁の訴訟で決すべき話になってくる。

このほかにも、S氏はたかじん氏の個人事務所に対し株主総会決議取消訴訟を起こしているということである。

ということで、この件は、ゴシップ的に面白いのに加えて、法的にもこの種の事案にまつわるいろんな要素を含んでいて、「フルコース」といった様相で、興味深いところである。