「見立て」の前提となる事実とは?
相談を聞いた段階で,私(弁護士)は見立てをします。
その見立てというのは,実は,「(相談者が言っていることが真実ならば,)この事案は法律的にどう扱われていくべきか?」という見立てだけではないわけです。
見立てをするときには,必ず「相談者の発言は私に相談者の実体験をありのままに伝えているか?(私に伝わっているか?)」ということを考えなければならないわけです。
「語り」が内包する危険
刑事訴訟法の勉強をしていると,供述証拠が内包する危険について説明がなされますが,法律相談もそれと同じことが言えると思います。
語りによる相談は,次のような危険をはらんでいるのです。
知覚過程での 「見間違い」・「聞き間違い」
記憶過程での 「思い込みによる記憶の変容」
表現過程での 「いつわり」・「誇張」・「隠蔽」
叙述過程での 「言い間違い」・「言葉の選び方の誤り」
わざと嘘をつこうとしなくても,ほぼ必ずこうした誤りを含んでしまいます。私が誰かに話をする場合だってそうです。
そして,聞き手側でも,「聞き間違い」・「聞いた言葉の解釈の誤り」・「聞いた記憶内容の変化や消滅」などがあるわけです。たとえば,聞き手側が,相談者の話を聞いて,「あ,それはこういうことですね。○○○○」と言い直したようなとき,相談者は,(うーん,ちょっと違うんだけど,大きくは違わないし,自分に有利な言い方だから,いいか)と思って,「そうです!」と返事をしてしまう。こんなことはよくあることです。
こういうふうなわけで,法律解釈を示す前に,何があったのかを正確に把握すること自体,綱渡りな作業です。
事案・相談によっては,重要な書面が存在して,こうした危険性が薄いものもありますが,それでもトラブルになる事案ですからどこかに落とし穴があってもおかしくありません。
こうやって,危険をできるだけ排除しながらも,事実関係をほぼ把握することで,私(弁護士)は,やっと,それなりの自信を持って法律的な回答ができるようになります。ただ,それでも,「○○を前提としたら,こうなります」という答え方にならざるをえないこともあります。
何か,疑ってかかっているように感じられるかもしれませんが,弁護士の仕事の性質上,仕方のないことだと思います。「私はこういう症状です」という患者の自己申告だけで診断するようなものに近いところがありますので。
弁護士になってすぐは,相談者から聞いたことがほぼ真実なのだという前提で回答しがちです(少なくとも,私にはそういう傾向があったことは否めません)。相談者が語っている様子からしてウソっぽくはない,とか,相談者が言っていることを疑った形になるのはよくない,とか,そんな理由からだと思います。
ただ,法的紛争のほとんどは相手方が存在する話。ウソをつくような相談者ではなくても,思わぬ展開になってしまうこともありうるのです(そうなるのには,ここで書いた「「語り」が内包する危険」の他にもいろいろな要因がありますが)。
主張立証の問題(つづく)
ここで書いた「語り」が内包する危険を乗り越え,相談者の言っている真実を正確に把握でき,相談のときに弁護士が示した法律構成が正しいとしても,それでも本来あるべき解決を迎えられない場合があります。
そのひとつは,
裁判になった場合には相談者側が証明しなければならないことなのに,立証の材料(証拠)を相談者が有していないとき
です。私が法律相談をこなしているなかでもよくあります。
今度は,このことについて,もう少し書いてみようと思います。