年金担保貸付の落とし穴
独立行政法人福祉医療機構の「年金担保貸付」という制度がある。
この制度は、年金受給権を担保として融資を受けられる制度であるが、厚生年金保険法と国民年金法で年金受給権を担保とした貸付が禁じられている中で、国が特別に設けた制度である。
福祉医療機構という善良そうな組織名と、国が特別に作った制度だということで、何やら表面的には安心感が漂う…。しかし、実は、高齢債務者の債務整理にあたり、債務者がこの制度を利用していた場合、生活債権の足かせになりかねないものである。
破産後も年金から差し引かれ続ける
どういうことかというと、まず第一に、この制度によって年金受給権を担保に供していた場合、破産しても、福祉医療機構が相変わらず年金支給機関から年金を受け取り、契約で定められた分年金をきっちり差し引いてしまう、受給者が受け取れるのは差し引かれた後の年金だということである。よって、現実的に働くことのできない高齢債務者は、破産後、年金が差し引かれているうちは自主的な生活再建が困難である。
高齢の年金受給者で、やむをえず破産に至る可能性の高いのは、企業経営絡みで連帯保証人になっている者ではないかと思われるが、そうした者がこの「年金担保貸付」を利用している場合、取り扱いに注意すべきだ。
代理店金融機関が得るおこぼれ
第二に、私が破産手続ではなく任意整理において、職務上経験したケース。
この「年金担保貸付」は「独立行政法人福祉医療機構代理店」と表示されている金融機関を通じて申し込むのだが、福祉医療機構が年金支給機関から年金を受け取り、福祉医療機構の分を差し引き、その後は、代理店の金融機関の口座に入金することになっている。そこで、高齢債務者が債務不履行状態になっていて、代理店金融機関に対する債務のある場合には、代理店金融機関は債務者名義の口座を凍結し預金と債務を相殺しようとする。
そこで、である。この場合、福祉医療機構の分を差し引いても、年金は半分程度残っていたりするのだが、代理店の金融機関は、それが入金されるのを待ち構えていて相殺しようとするのである。
これについては、そうやって入ってくるお金は明らかに年金であるから、「差押禁止債権を原資とする預金債権の差押え」の問題となるのではないかと考えられる。
この点、私のケースで、石川県の某金融機関は、最高裁平成10年2月10日判決を盾にとって、預金として入金後は識別不可能だから差押え可能だと説明し、差押えを実行した。このケースでは諸事情あり、裁判所で争うことはなかったが、私は、このケースは、上記最高裁判決後に出された東京地裁平成15年5月28日判決のように、実質的には識別・特定可能であり(だって、凍結しているところにまんまと入ってくるお金だし・・・)、差押禁止にあたり相殺できないのではないかと思う。
しかし、このケースそのものについての判決例は見当たらなかった。そのため、こうやって争いになること自体が嫌忌すべきリスクではあろう。
なお、この場合でも、任意整理ではなく破産手続を選択すれば、代理店金融機関が優先的に弁済を受けることはできないことになるだろう。
年金担保は縮小、廃止へ
この年金担保という制度、年金の前借りというような異様な制度であり、それなのに実質的に審査しているのが窓口金融機関ということで、福祉的な観点が薄れ、望ましくない様相を呈していた。
また、この制度と生活保護を併用するような人たち(年金を前借りしておいて、後の期間で生活費が不足したら生活保護を受けるというような形か・・・)も出現するに至って、廃止論が高まり、民主党政権下の事業仕分けで廃止評決が出された。
それを受けて、厚生労働省は、制度の廃止に向けて現在も動いている(融資限度額を下げるなどしている)が、なかなかすっぱりとは廃止できないようである。