相続人は単独で被相続人の預金を払い戻せるか?

★注意★ 以下の記述は、現在の実務では妥当しないおそれがあります。

詳しくは、重大な判例変更! 預貯金も遺産分割の対象になります!

 

人が亡くなると,金融機関は,亡くなった人の預貯金を自由に引き出せないようにすることがあります(むしろそれがほとんどです)。

亡くなったことを知っていて,自由に引き出せる状態にしておくと,金融機関の責任問題になるためです(この点を詳しく説明します。民法478条は「債権の準占有者に対する弁済」についての規定になっています。債権者の外観を有する者(債権の準占有者といいます)に対し善意・無過失で弁済を行った場合には,その弁済は有効になり,債権は消滅する,という規定です。ある人が亡くなったことを知っているにもかかわらず,金融機関がその人の口座からお金を自由に引き出せる状態のまま放置しておくと,金融機関は「無過失」で払戻し(弁済)したといいにくくなり,弁済としては無効になるおそれが強いのです。)。

こうして,人が亡くなると,たいてい,その人の預貯金が引き出せなくなります

亡くなった人のことを「被相続人」と言います。相続”される人”という意味です。これに対して,相続”する”人を「相続人」と言います。

相続人が複数いて,その相続人たちの間で話がまとまっている場合には,相続人たちは,被相続人の預貯金を引き出すために,遺産分割協議書を作成したり,金融機関所定の書面に署名押印したりして,預貯金を払い戻して,配分します。これは,モメていない一般的な場合です。

しかし,素直にまとまらないケースもありますね。相続人たちの間で話がまとまらないときは,どうなるのでしょうか? 遺産分割の決着がつくまで,預貯金は凍結されたままなのでしょうか? また,個別に払戻しを受けられるとしたら,どの範囲で払い戻してもらえるのでしょうか?

この問題については,最重要の判例が存在します。

相続人が数人ある場合において,その相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは,その債権は法律上当然分割され,各共同相続人が,その相続分に応じて権利を承継する」(最高裁昭和29年4月8日判決,民集8・4・819)という内容の判例です。

ここで注意すべきは,預金債権も可分債権であるということです。ですから,被相続人が現金や預金を残して死亡した場合には,相続人たちは,それぞれ,その法定相続分に応じて,権利を承継するのです。

預金の権利というのは,法律的に表現すると,「金融機関に対して,預けたお金を返してください」と言える権利です。

この権利を,各相続人が,自分の法定相続分の割合で取得するのです。

よって,金融機関は,被相続人が遺言をのこしていない場合,法定相続分の範囲で払戻しに応じなければならないのです

 

特別受益(被相続人の生存中に財産分け等で不動産やまとまった額の金額の贈与を受けた相続人がいる場合;民法903条)や寄与分(被相続人の生存中にその財産の形成,維持,増加について特別に貢献(寄与)した相続人がいる場合;民法904条の2)があるケースだとどうなるでしょうか?

これについては,次のように扱われます。→ 特別受益や寄与分は,遺産分割手続において具体的相続分を決定する際に勘案されるものにすぎないのであり,預金債権の法定相続分に応じた承継には影響を及ぼすものではない すなわち 特別受益や寄与分と関係なく各相続人は金融機関に預金の払戻しを請求できる のです。

ただし,金融機関は,実務上,トラブル防止のため,任意には払戻しに応じないことがあります。金融機関は,相続でモメているときに,どちらか一方の肩を持っているように見られたくないのです。しかし,結局,遺産分割の審判(家庭裁判所)において,特別受益や寄与分が認められたとしても,最終的に各相続人が法定相続分の払戻しを金融機関から受けられることには変わりないのです。

・・・ただ,一般的な感覚では,預金についても,遺産分割協議や遺産分割調停で,どう分けるか話し合おう,というのが穏当かなと思います。一般的には,「預金は可分債権であるから,自動的に分けられる!」と正面切って言う人は少ないです。ですから,一般的にはこういうことが意識されないままでなんとなく済まされていますが,法律や判例に従えば,「預金は可分債権であるから,自動的に分けられる(法律的な言い方をすれば,当然に分割される)」ということなのです。

弁護士がついて,任意協議,調停をする場合でも,多くは,話し合いでまとまります。そうすると,ここまでギリギリの争いにはなりません。しかし,話し合いでどうしてもまとまらない場合,審判により裁判所に決してもらおうとすると,この問題に直面するのです。

仮に,被相続人の遺産のほとんどが預貯金であったとしたら,どうなるでしょうか?

遺産分割の審判で,「あの人はあれだけの生前贈与を受けている!(特別受益)」とか「私は被相続人の財産増加にこれだけ寄与した!(寄与分)」という主張をしても,預金は,遺産分割審判の対象外で,その主張とは関係なく,各相続人が法定相続分の払戻しを金融機関に請求できるということになるのです。