衆議院解散(第47回総選挙)にあたって

安倍首相の衆議院解散と長谷川幸洋氏の予想的中

政界は風雲急である。

安倍首相の発言で、「おやっ、これは…」と思ったのが、2014/11/07のBSフジの番組。「解散について総理大臣に聞けば、『考えていない』というのが、これはもう決まりなんですよ」と発言。

安倍首相の性格を考えると、この発言は、「『考えている』と言いたいけど言わない約束なんだよ」と翻訳できる。実際のところ、その時点で、安倍首相の腹の内は解散総選挙だったのだろう。

昨今私が注目しているジャーナリストは長谷川幸洋氏だが、現代ビジネスに掲載された自民党の稲田朋美政調会長へのインタビュー記事(2014/10/24)の末尾に「今冬早期解散説」が論じられていて、説得力があったので情勢を注視していた。

はたして、長谷川氏の分析・予測は的中し、消費税増税先送りと絡めての解散総選挙と相成ったわけである。長谷川氏は、「増税の凍結延期から解散総選挙へ—菅義偉官房長官の発言を読み解いた私の見立て」(2014/10/31)、「なぜ記者はこうも間違うのか!? 消費増税見送り解散&総選挙には大義がある」(2014/11/14)と、読みの解説をした上で、解散総選挙には大義があるとぶっている。

長谷川説は当を得ている…ただし…

今回長谷川氏が衆議院解散総選挙の流れを完全に言い当てられたのは、長谷川氏が自分で解説しているとおり、安倍首相が有していた「消費税再増税延期」を実現するための手法としての衆議院解散という発想を把握することができたからであろう。

私も、長谷川氏が指摘するように、安倍首相は、解散総選挙により、国民の判断として「既定路線としての消費税再増税」を”撤回”する、選挙というパワーゲームを道具として、消費税再増税延期路線で自民党を束ねるというチャレンジをしたという側面が確かにあると思う。

ただ、以上は、安倍首相の立場からの説明であり、与党凡百側の発想ではない。この時期に解散に至ったのは、安倍首相の決断力というより、与党議員がこの時期の解散を期待した(来年以降になるよりも)ということが影響していると私は思う。与党議員がなぜこの時期に解散を厭わないかというと、来年以降の解散では不利または不意の要素が多すぎるからである。

これは一般の政治マスコミもよく書いていて月並みも月並みなことだが、来年2015年は、春に統一地方選がある。公明党は、特に、統一地方選から総選挙の時期をできるだけ離してほしいと強く希望しており、与党全体の集票にもかかわるので、この前後の衆院選は非常に困難である。2015年10月には、消費税の10%への増税が予定されている。消費再増税となると、そこからしばらくは景気の低迷が見込まれ、政権批判の高まりが懸念される。だからといって、増税直前の総選挙はよろしくない。そうすると、2015年から2016年初頭の解散総選挙は困難となり、2016年夏の参院選とのダブル選挙というのが最大のタイミングとなるが、経済の減速等の理由から、この時期に非常に政権支持率の低い状態で迎えてしまうと、迎え撃つ野党が態勢を整える中、自民党は議席を相当程度落とし、自公連立の維持さえ困難な状況を迎えてしまうかもしれない。

要するに、2012年12月から始まった任期にもかかわらず、2014年中に解散総選挙をしないと、解散時期を見失い、追い込まれ解散・与党の議席激減というおそれが大きくなるのである。

自民党は、民主党政権への国民の批判を逆手にとって議席を増大させ、いまや栄華を愉しんでいるように見える。しかし、実のところ、不人気の政権を担いで選挙を勝ち抜けるほどの圧倒的な力はない。野党が分散していた橋本政権下の1998年参院選で自民党は政権批判の前に議席を大きく減らし、森喜朗政権下の2000年衆院選は民由合併前ということで小選挙区のメリットを生かして辛勝。2001年参院選・2003年衆院選・2005年衆院選と小泉首相でしのいだものの(2004年参院選は民主党が改選第一党)、2007年参院選では安倍首相が民主党に敗北し、2009年衆院選での政権交代へとつながった。今日まで禍根を残している鳩山首相の失政などのため、民主党は今の形では今後しばらく政権復帰が困難であると思われるが、政権批判が強まっている時期に選挙となり、そのとき国民輿論の幅広い受け皿となる政党(連合体)があるだけで形勢は容易に変わりうるのである。

それを前提に置くと、野党勢力が結集しがたく自民党が一方的な悪になりにくいテーマ(民主党政権下で決められた消費税増税先送り)を設定して、野党勢力がまとまらず期待も集まっていないタイミングで、景気の悪化や汚職問題等によって政権が輿論の批判を受けないうちに、ここで一度解散しておいて、2018年ころまで安泰に生き永らえるというのが、政権中枢と与党の凡百の議員の共通利益となる。

増税推進派とみられている自民党谷垣幹事長が、2014/10/29、これまでの経緯はどうしたものか、「厳しい状況を打開しなきゃいけない時には、いろいろ議論が出てくる」などと述べ、解散の雰囲気づくりに貢献していたが、こういう発言は大義だなんだというレッテルの問題はともかく、有利に選挙したいという自民党内の議員一般の心理を表していたように思う。

そこで、長谷川説は当を得ているとはいえるのだが、私はそれよりも、安倍首相はうまく批判回避のタイミングを見つけたなとの思いが強い。すなわち、これ以上総選挙の時期を引っ張って、景気の悪化がはっきりしたところで選挙となり、「政権の実績」が真っ向から問われる事態になれば、政権の維持・与党の議席の確保が困難になるから、とりあえず今のタイミングで解散したように思えるのだ。そして、5%から8%への消費増税の爪痕が重態であったことをこの解散は如実に示しているように思えてならない…。

そういう意味で、私は、マスコミ各社が解散濃厚であるとの報道を繰り広げる様子を見て、5%から8%への消費税増税の爪痕が小さく順調に景気が回復しているのであれば、そこまで急いで、やや突拍子もなく解散をしようとする必要もないのだから、今回の選挙後に深刻な景気低迷が訪れる可能性が高いということなのではないかと直感し、暗澹とした。

そこへ、予想通りというか、予想以上の景気指標の悪化が発表されたのであった(内閣府発表の2014年7~9月実質GDP速報値マイナス0.4%)。

総選挙で争われることは? 「景気」評価が論点に?

私は、消費税増税先送りの決断を旗頭に安倍首相・自民党が選挙戦を戦うことで、いわゆるアベノミクスへの疑問や「政治とカネ」問題を抱えながらも、自民党は大崩れしない選挙が戦え、逆に野党は結集することができず、現有勢力とあまり変わらない(やや維新・みんなが減らし、民主党が少々回復するかもしれないが)結果になるのではないかと考えていた。端的に言って、アベノミクスはうまく行っていないと思う国民が多いものの国民大多数の実感というまでには程遠く、消費税増税を延期するということについては賛成する国民が多いからである。

しかし、この実質GDP速報値の一報を聞き、これは選挙戦に相当程度影響してくるのではないかと感じた。

選挙戦で消費税増税の先送り判断そのものに異を唱える勢力は実質的になく、そうすると、各党の主張の違いは、アベノミクスへの評価や景気対策ということになってくるのではないか。そうなると、論戦の流れや野党の結集・再編状況によっては、議席数への影響はあるだろう。そうはいっても、この時期に解散総選挙するというだけで、政権維持は確約されたようなもので、あとは選挙後の政権基盤や政界再編へのつながりの問題なのだろうが…。

ここからの流れで注目すべきは、安倍首相が、消費税の増税を延期して、次の増税時期や判断方法についてどのような発言をするかであろう。今回のGDP発表により、景気の急激な悪化が鮮明になりすぎて、消費増税の延期が当然のことと受け止められる風潮が一気に広がったように思うので、単に消費税の増税延期をして2017年4月にはほぼ確実に増税しますと言うだけでは、選挙戦で「アベノミクスの失敗」がクロースアップされる展開もありうるように思う。長谷川氏が言うように、安倍首相が消費税の増税時期を1年半延期するというだけにとどまらず実質的な無期限延期まで踏み込むのか、このあたりがキーポイントだろう。

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金沢法律事務所(石川県金沢市)を主宰する弁護士
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投稿者: 山岸 陽平

金沢法律事務所(石川県金沢市)を主宰する弁護士

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